prologue:The eve of implementation A
整列された無数の指輪を見つめる彼女は、きらきらという表現が実に的確なほど目を輝かせていた。
「これとあれ、どっちがいいと思う?」
何度このイエス&ノーの質問がきたか、もう数えたくもない。うんざりな俺はここ数回の質問に対して生返事をしていた。「なによ」とふくれる彼女は『彼女』であればその反応は正しい。いわゆるカップルだったらの話だ。俺と彼女はチームという意味ではパートナーだが私生活はその類ではない。
「そんなだからモテないんじゃないの?ちょっとは女心ってもんを理解したら」
「とっても理解しきった。もう一時間以上付き合った。いい加減さっさと決めてくれ」
「じゃあ、今まで選んだ中で一番ピピッときたやつを選んで」
君の想い人に渡すなら君が選んでしかるべきなのに、どうあっても自分で決められないらしい。そんなことで男の心をわしづかみにできるものかと熨斗《のし》をつけて言い返したい。言ったら焼却魔法で黒焦げにされる未来しかないので、ぐっと俺は思いのたけを飲み込む。
「あれでいいんじゃね」
俺の指差した指輪を見て「うーん」と値踏みの表情をしながら彼女は考え込んだ。
「それでいいわ。それください!2つ!」
長き戦いにようやく終止符が打たれた。刻むべきイニシャルやサイズは明日の朝一番に伝えることになり、会計を済ませた彼女はうきうき顔でガラス扉を開く。
「あんな大枚はたいて、持って帰れなかったらどうするんだよ」
「持って帰れるに決まってるじゃない。私、こっちに来たときも向こうで着てた服のままだったんだから」
根拠の欠片もないけど確かにその通りではある。
漫画でしかお目にかかったことのない剣と魔法の世界に飛ばされてはや半年。お互い飛ばされたタイミングこそ違うものの、言われてみれば俺も元の世界で着ていた服のままこっちの世界に飛ばされてきた。思えば当初は奇特な目で見られて不審者扱いされたことも数知れず。そんな痛々しい思い出も最近は笑い話にできるようになった。
結局、夕飯は相方の親友が働いている居酒屋で定食を注文することにした。彼女は指輪ですかんぴん、俺がおごる羽目になったからだ。大皿のご飯にがっつきながら俺たちはこれからについて、ああでもなくこうでもないと話し続ける。
「次、どうする?」
「そうねえ。エデン地方の金脈が魔獣に襲撃されてるって噂があるし、そろそろ依頼が来てもいい頃なんじゃない。金脈よ金脈。報酬は相場の数倍は堅いわ」
「金に汚い。豪遊なんかするから目がくらむんだ」
「先行投資って言ってほしいわね」
共通点が無いに等しい俺たちにとって唯一共通しているのは目的だ。二人とも、こちらの世界に来たときからそこだけはずっと一貫している。
元の世界へと帰ることこそが目的であり、俺も彼女もこのファンタジーの世界に長居する気はない。心はいつだって元の世界で過ごしていた何気ない日常にある。
「魔王との最終決戦なんて、武器だの傭兵だのお金かかりそうじゃない?ま、それ以前に毎日死ぬ気で戦ってるんだから多少豪遊したところでバチは当たらないわよ」
「さっき十分に豪遊しただろ」
「だから先行投資だっつってんでしょ」
ぷくっとふくれた彼女はどでかい魔法を敵に叩き込む凄腕の魔導師だ。敵すべてを容赦なく殲滅《せんめつ》させる姿から"戦慄《せんりつ》のルカ"と世界単位で恐れられている。俺はというと、たまたま道端に転がっていた剣を拾ってから自分なりに努力して、剣豪と呼ばれる程度にはなった。
俺たちの最優先事項は魔王討伐だ。理由は明快、奴の持つ宝玉こそが俺たちの目的であり、魔王から世界を救うなんてまったくどうでもいい。手にした者はどんな願いごとでも叶えてくれる宝玉、そいつを手に入れてあるべき日常へと戻る。世界平和はおまけの産物でしかない。
「せっかくこの街に戻ってきたんだし、遠征が得策とは思えないな」
この街を拠点にしているのは魔王の根城から一番近いからだ。ウェルカム魔王。できれば二十歳を名乗れる間に元の世界へ帰還したい。
「ルカ!カノー!大変たいへーーーーん!」
出入口の扉を開けたサナがぜえぜえ息を吐きながら俺たちのテーブルへとやってきた。居酒屋きっての花形ウェイトレスだけあって、俺たちのテーブルへと走る間も周囲の視線をひとりじめだ。膝に手をつけて呼吸を整えようとする彼女の右手には一通の手紙が握られている。
-これ以上被害を出されてもアレなんで、ぼちぼち最終決戦に来てもらえませんか。
明日、私の根城である玉座の間にて執り行いたく思います。かしこ。
魔王-