スイーツに国境はない その3
で、翼の生えた天使さんはですね、ヤルメキス製のイチゴのショートケーキをあっと言う間に平らげると、改めてスイーツの棚に移動。
棚に残っていたスイーツをどんどん手に取っていきます。
「あ、あのウルケモチーノ様……そ、その……わ、私のスイーツも残しておいていただきたく……」
「おだまりなさい! あなたは今まで散々この甘美なるスイーツを食べていたのでありましょう? 今日は私に譲りなさい! いいですわね!」
眉を逆ハの字にし、眉間にしわを寄せて激怒する女神さん……あ、ウルケモチーノさんって言うんですね。
このウルケモチーノなのですが、棚に残っていたスイーツ……もうそんなに残ってはいなかったんですけど、それをレジで代金を支払ってから、再び口に入れていきました。
で、その一口ごとに、
「あっま~い!お~いし~い!」
と言いながら、その顔をとろけるような笑顔に変えて、嬉しそうに食べていくんですよ。
その横では、マルンが物欲しそうな顔をしていまして、ウルケモチーノがスイーツを口に運ぶ度に、同じように口を開けて、で、ウルケモチーノが口を閉じるのと同時に口を閉じているんです。
エア食事ですね……
なんか、可愛そうにも思えるのですが……どう見てもこのシチュエーションって、マルンのせいで何か面倒くさいことが起きているとしか思えませんので、フォローはしません。
で、そんな感じで店頭のスイーツを全て食べ終えたウルケモチーノは、ハンカチで口元を綺麗にしてから、改めて僕へ視線を向けてきました。
「あなたがこの店の主人ですね?」
「あ、はい」
「で、このスイーツを作ったのはどなたです?」
「あ、あ、あ、あの、わ、わ、わ、私でごじゃりまする……」
ヤルメキスってば、ガタガタ震えながらやっとの様子で右腕を上げています。
全身からあり得ない量の脂汗を流してもいます。
まさにこれ、蛇に睨まれた蛙状態ですね……蛙人だけに。
「ふむ、あなたが?」
で、ウルケモチーノは、ヤルメキスに歩み寄って行くといきなりその頬を左右から両手で押しつぶしていきました。
「ふにゅ!?」
「ふむ……なかなか奇っ怪な生き物ですね……亜人のようですが、このような下賤な種族は神界にはおりませんわねぇ」
ウルケモチーノはそう言いながらヤルメキスの顔や体を無造作に触りまくっていきまして、ついには服まで脱がそうとしていきます。
「ちょ、それ以上はいけない!」
なんかもう、真っ赤になって必死に抵抗しているヤルメキスを、僕は慌ててウルケモチーノの手から引きはがしていきました。
ヤルメキスってば小柄で軽いからすぐ持ち上げることが出来ますんでねぇ。
で、そんな僕の前で、ウルケモチーノは不満そうな表情を浮かべています。
「……まだ身体検査の途中なのですが……まぁ、良いでしょう」
そう言うと、ウルケモチーノは僕と、僕の足元にしがみついてガタガタ震えているヤルメキスを交互に見つめながら、一度咳払いをしていきました。
「その下賤な小娘に、神界でスイーツを作ることを許可してあげますわ。ありがたく思いなさい」
「は?」
なんか、ふんぞり返りながらそう言ったウルケモチーノなんですけど……僕は思わず眉をしかめました。
「いや、それ、どういうことです?」
「どうもこうもありません。その下賤な娘を神界へと連れて行き、そこで我ら神界人のために一日中休むことなく永遠にスイーツを作らせてあげるといっているのですよ。光栄でしょう?」
「は?」
「あぁ、ご心配なく、特別に不死と不眠でも大丈夫な魔法をかけてあげますので……」
ウルケモチーノがそこまで言ったところで、僕はニッコリ微笑むと
「あ、結構です。じゃ、これで」
そう言うと、ウルケモチーノの背中を押し、店の外に押しだしました。
が
「ちょっとそこの男! 何すんのよ!」
すぐに転移魔法でもどってきたウルケモチーノは、僕の目の前に逆ハの字の眉をしている怒りまくりの顔を寄せてきました。
ですが、僕も一歩も引きません。
「あんた、神界人だかなんだか知らないけど、ウチの店員をそんなブラックな職場に転職させるわけにはいかないんだよ!」
「ぶ、ブラックですって……って、それ、どういう意味ですの?」
「あ? そんなことも知らないのか?」
僕は、小首をかしげたウルケモチーノに、延々と労働基準法を語ってやりました。
えぇ、これでも店長ですからね、その内容を説明出来るくらいには精通してますよ。
衛生管理者・危険物乙四・大特免許と、無駄にあれこれ資格も持ってますからね。
で、僕の話を聞いたウルケモチーノは、
「……まぁ、下界にそのような仕組みがあるのは理解しましたけど……その小娘がこれから働くのは神界なのよ?そんな法律……」
「だから、ヤルメキスは渡しません! 店長としてそれは譲れません」
僕は、ウルケモチーノの前ではっきりそう言いました。
すると、ウルケモチーノの顔がどんどん怒りに染まっていきます。
その姿も見るからに戦闘モードになっています。
なんか、さっきまでの天使の姿はどこへやら……両手に槍を構え、背後に炎を燃え上がらせているウルケモチーノ。
「小僧、そこまで言うならば、この私とやり合う覚悟が出来ているってことでいいのね?」
相手は神界人です。
方やこっちはただの人です。
何一つチートな能力なんてもってません。
左利きでもなければLv999でもありません。勇者のフリをした神様でもなければLv2からチートでもありません……
ですが、ここは引けません……コンビニおもてなしの店長として。
……これで足が震えてなければ格好いいんですけどねぇ……ははは(乾いた笑い
そのまましばし対峙する僕とウルケモチーノ。
いったいどれくらいの時間が経ったでしょうか……
いきなりウルケモチーノは、すべての武装を消していきました。
その顔からも怒りの表情が消え、先ほどまでとはうって変わった穏やかな笑みになっています。
「たかが一店員のために、自らの命をもいとわないその姿勢……その心意気……」
ウルケモチーノは、笑顔で僕に歩み寄ってくると、僕の顔を左右からガッシと掴みました。
「……惚れました。結婚してください」
そう言うや否や、ウルケモチーノは僕に向かって、唇を突き出した状態で顔を寄せて……
「……死ね、泥棒猫」
……きた瞬間に、そんな声が聞こえたかと思うと、僕の目の前にいたはずのウルケモチーノは一瞬にして消え去っていきました。
で、僕の横にはスアがいます。
スアは、水晶樹の杖を掲げながら、まるで暗黒神のような顔をしています。
で、跡形もなく消え去ったウルケモチーノを前にして、マルンが大慌てしています。
「あ、あの!? あの!? ウルケモチーノ様はいったいどうなったのですか!?」
慌てふためきながらスアの前に駆け寄るマルン。
すると、スアは
「……お前も、な」
「へ?」
そう言うと、マルンに向かって杖を一振りしました。
そして、マルンの姿もまたウルケモチーノ同様、一瞬にしてその場から消え去っていきました。
僕は消え去った2人がさっきまで居たあたりを見回しながら、
「あの、スア……あの2人、どうなったの?」
おずおずとそう聞きました。
すると、スアは、僕にぴとっと抱きつくと。
「……さぁ?」
「ちょ!? さぁって……」
慌てる僕の前で、スアは僕の足のあたりにしっかと抱きついていたのでした。