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スイーツに国境はない その2

「え?……な、なんで?」
 ケーキを食べようとしたマルンは、そのままの体勢で固まっていました。

 あ、ちなみに今のマインは、いつもの半幼女半骸骨の姿ではありません。
 幼女側の姿が、左右対称にくっついた普通の女の子といった感じです。
 そして、だぼだぼのシャツを着て……って
「ちょっとマルン、見えてる見えてる」
 シャツの下には何も着ていないらしく、膝を立てているマルンの下半身が……
「……それ以上は……だめ」
「あ、はい……」
 僕は、スアの魔法で強制的に両目を閉店させられた状態でその場に立っていました。

 しばし後。

 よれよれの短パンをはいたマルンと、僕達は改めて対峙しました。
「で、あの……な、なんで私の部屋に来てるの?……ってか、なんでこれるの、ステルアムさんとその旦那さんと……」
「あ、わ、わ、わ、私ヤルメキスと申しますでおじゃりまする~」
 そう言うと、ヤルメキスはその場で土下座をしていきました。
 それはもう見事な……おそらく、織田信長に対してひれ伏していた時代の明智光秀にも勝るとも劣らないのではないかと言うほどに見事な土下座です。
 
 すると、その時です。

「え? や、ヤルメキスさんって……あの、このヤルメキススイーツを作っているお方です?」
 びっくりした様子のマルン。
「は、は、は、はいでおじゃりまするぅ。ど、ど、ど、どうか命ばかりはお助けをでおじゃりまするぅ~」
 土下座したまま必死に懇願し続けているヤルメキス。
 すると、今度はマルンが、ヤルメキスの真正面で土下座していきました。
「とんでもない! 私、あなたのスイーツの大ファンなんです! いつもお忍びで買いに行かせていただいています! こ、こんなむさ苦しい部屋にわざわざお越しくださり、本当にありがとうございます」
 そう言いながら、額を床に擦りつけるマルン。
 こっちは、土下座しなれてない信長といいますか、かなりぎこちない感じなんですけど、その必死さだけはしっかり伝わってくる感じです、はい。

◇◇

 程なくして、ようやく土下座合戦が終了し、僕・スア・ヤルメキスの三人は、マルンの部屋の中央にあります机を前にして床に座ることになりました。
「なんだ、マルンってば単純にヤルメキススイーツを食べたくて買いに来てくれてたのか」
「なんといいますか……お恥ずかしい次第です、はい……」
 僕の言葉に、マルンは真っ赤になっています。
 で、僕達に紅茶を勧めてくれたのですが、
「あれ? この紅茶もコンビニおもてなしのじゃない?」
「あ、さすがはステルアムさんの旦那さんですね。そのとおりです」
 そう言って笑うマルンなんですけど、
「なんでまた僕の店の物が多いんだい?」
「……いやぁ……その、なんといいますか……」
 苦笑しながら、しばらく頬をポリポリとかいていたマルンは、さらにしばらく考えた後に、やっと口を開きました。
「その……この世界のお菓子って……美味しくないんですよ……お茶もです……」
「え? そうなの?」
「はい」
 マルンの言葉は意外でした。

 マルンの言うこの世界って、神界です。
 いわゆる神様のような人達が住んでる世界ってことですよ。
 そんな世界なんですもん、お菓子もお茶も最高級の物が常に溢れているイメージだったんですけどねぇ……

 僕がそう言うと、マルンは首をかしげました。
「確かに、酒や普通の食べ物はなかなかの物がそろっているのです……ですが、皆が皆酒飲みなもんですから、紅茶やスイーツが全然発達してないんですよ」
 そう言うと、マルンは僕達の机の上に、果物も実らしいものをゴロゴロと並べていきました。
「これが、この世界のスイーツです……これをこのまま食べるんです」
「これを?」
「はい」
「このまま?」
「はい」
「加工は?」
「しません」
 とまぁ、終始そんな感じで僕はマルンから話を聞いていたのですが、
「ちょっと1個食べてみてもいい?」
「あ、はい、持ち帰られなければ……」
 マルンの許可が出たので、僕は机上の果物の実を1つ手に取り口に運びました。
 なしみたいな色をしたその果物の実は、なしそのものといった感じでしゃくしゃくしていて美味しいです。
 地上や、僕がもといた世界にあったなしと比べても遜色ありません。
「おいおいマルン。これはこれで美味しいじゃないか?」
「確かに、まずくはないんです……ですが、こればっかり毎日だと飽きてしまって……」
 あ~……
 なるほどねぇ……
 持ちたる物の悩みっていうか、金持ちの贅沢ってやつっすかねぇ。
「そんな時、先日お店にお伺いした際に、このスイーツと巡り会った次第でございまして……今の私は、ヤルメキススイーツがないと、もう生きて行けない体になっているのです……」
 なんか、すごい事を言ってますけど……だからと行って神界の法を犯してまでして買いに来てるんでしょ?……まったく、なんて下級役人なんだよ。
「……まぁでも、お金を出して買いに来てくれてるわけだし……店に迷惑をかけないのなら別にいいか……」
「ほ、本当ですか!」
 僕の言葉を聞いたマルンはぱぁっと顔を輝かせました。
「いい? 繰り返しておくけど、絶対にウチの店に迷惑かけないでよ。そもそも僕の店にスイーツを買いに来るのもほんとはダメなんでしょ?」
「あ、あはは……それはその……と、とにかくお店に迷惑はかけません。絶対です」
 マルンはバツが悪そうに苦笑していました。

 まぁ、これであの謎の人物の正体も判明しましたし、その目的もわかったわけです。
 というわけで、僕達はマルンに見送られながらパルマ世界のコンビニおもてなしへと戻りました。

「……よく考えたら、マルンが僕の店に来るのが違法なんだったら、僕らがマルンの部屋へ行ったのも違法じゃなかったのかな?」
 僕がボソッと言うと、スアは
「……何も言われてない、し」
 そう言い、親指をグッと突き立てました。
 ……おいおい、それってやらかしちゃったのをごまかしてる仕草だよね?
 ま、確かにマルンも、その事を指摘する以前に、僕らから
「もう店に来るな」
 と言われることの方を恐れていた感じですからね。
 
 ま、今回はよしとしておきますか。

◇◇

 そんなことを思っていたのが、昨日のことです。
「貴様がステルアムの旦那だな? 少し聞きたい事がある」
 まだ営業中の店内に、いきなり姿を現したその女はいわゆる翼の生えたエンジェルといいますか、一目で天使とわかる姿をしています。
 で、その後方には、

 半身が幼女
 半身が骸骨
 大鎌を持ち、ボロボロの外套を羽織っている裸のマルンが申し訳なさそうに肩をすくめて立っています。

 お前……昨日の今日で何しでかしてんだよ!?

 僕が怒りの表情をマルンに向けると、マルンはどこか余所余所しく、必死に視線を会わせないようにしています……こいつ、あとで絶対ぶんなぐる。

 で、その天使さん。
 おもむろに僕に向かってくるんですけど、明らかに怒ってるんですよ。
 眉を逆八の字にして、眉間にしわが寄っています。
 そんな天使さんは、僕の眼前で立ち止まりました。
 僕は2mを少し下回る身長なんですけど、この天使さんもそれと同じくらいの背丈をしています。
 で、その天使さんは言いました・。
「このマルンが、違法に下界に出向いてまで買っていたヤルメキススイーツというのはどれですか?」
「あ、はい、そこの棚の品がそれになりますが……」
 僕に案内され、その天使さんはスイーツの棚の前で立ち止まると、その中の1つ、イチゴのショートケーキを手に取りました。
 で、天使さんは、律儀にレジをすませると、
「ここで食べてもよろしいか?」
「あ、はい」
 僕の許可を取ってから、おもむろにケーキを口に含んでいきました。
 そして、しばらく口をモグモグさせると
「あっま~い!お~いし~い!」
 ……なんか、さっきまでの怒り顔がですね、一瞬でとろけるような笑顔になっていったんです、はい。

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