愛、それは……バレンタイン~ その5
やって参りました、バレンタインデー当日です。
今日は、予約販売を行っていましたバレンタインチョコのお渡しをする日になっています。
で、希望者にはポスターに写っていた男役こと、ゴルアにチョコを渡せるイベントを企画しています。
ゴルアには、本店を皮切りに2号店から4号店まで、時間を区切って回ってもらう予定になっていまして、各店には何時にゴルアがやってくるか、しっかり張り紙がしてあります。
すでに各店へのチョコの配送は終わっています。
後はゴルアがやってくるのを待つだけです。
なお、あのポスターの男優がゴルアだということは伏せてありますので、謎の麗人として、キョルンさんとミュカンさんにしっかりお化粧を施してもらい、ゴルアとまったくわからなくしてから登場してもらう予定になっています。
そんなコンビニおもてなし本店に、辺境駐屯地から馬がやってきました。
「さぁ、ゴルアが到着したみたいなので、キョルンさんもミュカンさんもよろしくお願いしますね」
「えぇ、タクラ店長さん。あとは万事私達にお任せください。ねぇ、ミュカンさん」
「キョルンお姉様、えぇ、私もそう思いますわ」
僕の言葉に、キョルンさんとミュカンさんは妖艶な笑みで答えてくれました。
そんなコンビニおもてなしの店員控え室に、裏口からゴルアがやって来まし……って、あれ?
控え室に入ってきたのはメルア1人です。
「あれ? メルア。ゴルアはどうしたのだい?」
僕の言葉に、メルアは申し訳なさそうにうつむいていたのですが、ようやく口を開くと
「本当に申し訳ありません」
そう言い、深々と頭を下げました。
病名:感冒
「風邪で熱がでちゃったのかぁ……そりゃしょうがないよ」
僕は苦笑しながらメルアに言ったのですが、そんな僕の前でメルアは眉をしかめています。
「それが……ゴルアお姉様ときたら、今日のバレンタインデーで女の子達から大量に愛の告白をされ、チョコレートなる物を大量に頂けるとのことに胸を躍らせすぎまして……夜遅くまで机に向かわれて夢想にふけっておられたのです……寝間着一枚で……その結果がこの有様でございまして……」
メルアは、プルプル肩を振るわせています。
ん~……確かに、そりゃゴルアの自己管理にも問題がありそうではあるけど、
「まぁ、病気になったものは仕方がないよ」
僕は笑顔でそう言ったのですが……さて、イベントの方をどうしたものでしょうか……
「ん~……とにかく、あのポスターの本人が欠席なのだから中止するしかないよなぁ」
僕は、その旨を各支店に連絡しようと思い立ち上がりました。
すると、そこに姿を現したのはキョルンさんとミュカンさんでした。
「あのね、店長さん。私達に提案があるの。ね、ミュカンさん」
「えぇ、そうですわキョルンお姉様」
「提案……ですか?」
「えぇ、そうですわ。ねぇ、ミュカンさん」
「えぇ、そうですわキョルンお姉様」
で……2人の提案というのがですね……
「このお店にですね、ゴルア様とよく似た背丈・お顔の作り・体格をなさっている方が1名おられますの。ねぇ、ミュカンさん」
「えぇ、キョルンお姉様。私もそう思います」
「え? そんな人がいるの?」
びっくりする僕の前に、2人が連れてきたのは
「あの……タクラ店長? 私は開店準備で忙しいのですが? それが終わったらスア様の弟子としての日課をですね……」
はい……本店店長補佐のブリリアンです。
で、ブリリアンを店員控え室に連れて来たキョルンさんとミュカンさんは妖艶な笑みを浮かべながらブリリアンを椅子に座らせると、
「では始めましょう、ね、ミュカンさん」
「はい、キョルンお姉様」
そう言いながら、おっかなびっくり状態のブリリアンにお化粧を施していきました。
待つこと30分
「……な、なんですかこの顔は!?」
困惑しながら鏡の中をのぞき込んでいるブリリアンなんですが……さもありなん、そこにいるのは、どこからどう見ても、あのポスターに写っている男装の麗人と瓜二つの顔をしているブリリアンなんですから。
で、撮影に使った衣装を着てもらうと、なんと言いますか完全に一致状態なんですよ。
「あの、タクラ店長? 私にこんなことをさせて一体何をさせる気なんですか?」
困惑しまくりなブリリアンですが……色々考えた結果、僕はある方法を思いつきました。
まず、ポスターに写っているゴルア……お客様にとっては「謎の男装の麗人」ですね。彼女が風邪のため今日のイベントに参加出来ない旨を正直に告知。
これは店の信用問題でもありますしね。
その上で、代理としてブリリアンに登場してもらい、ブリリアン相手に愛の告白イベントを行ってもらおうというわけです。
ここで、「代理の人じゃ嫌!」と言われる方には返金します。
「この人でもいいわ!」そう言ってくださる方にのみイベントに参加してもらうことにしようと思った次第です。
「な、なんで私がこんなことを……」
最初は渋っていたブリリアンなのですが……ここでスアが転移魔法でやってきました。
スアは、ブリリアンの手をそっと握ると
「……旦那様のために、頑張って、ね」
そう言って小首をかしげました。
次の瞬間です。
「何をしているのですかタクラ店長! さぁ、やりますよ! このブリリアン! 立派にゴルア殿の代役を務めて見せましょう!」
気合い満々の表情でそう言ってくれたのですが……とにかく、まずその鼻血を拭きなさい。化粧が台無しです。
で、化粧を直したブリリアンは、早速スタンバイしていきました。
さて、コンビニおもてなし開店です。
まずは本店。
魔法拡声器を持った僕は、店の前で行列を作っている皆さんに向かって、まずは一礼しました。
『まことに申し訳ありません。男装の麗人へチョコを渡そう企画なのですが、実はあの女性が本日急病のためここにこれておりません』
僕がそういうと、列の女性陣からは一斉にブーイングが発生しました。
そりゃそうですよね……この列に並んでいる人達の大半が男装したゴルア目当てなんですから……
ですが、ブリリアンが登場し、僕の横に立った途端に、列に並んでいる女性陣の声がピタッととまりました。
『というわけで、今日は代役としてこの者にきてもらっています。この者へチョコを渡すことで満足いただける方だけ、イベントに参加していただければと思います。キャンセルを希望される方には返金を……』
僕が、そこまで言った時です。
「返金なんて結構よ」
「この方でかまいませんわ!」
「仕切り直して、よろしくお願いします!」
女性達は、顔を上気させながらブリリアンをじっと見つめています。
そして、ブリリアンの前にビシッと一列に並び直しています。
そんな女性達に、男装の麗人へ変装しているブリリアンはですね
「お嬢様方、本日はよろしくお願いいたします。皆様のために、この私、精一杯務めさせて頂きます」
大仰に手を振り、そして一礼していきました。
まさにヅカです
某歌劇団です
そんな、芝居がかった一礼を前にして、女性陣全員から
トゥンク
って、ときめき音が聞こえたような気がしました。
その後は、もうすごかったです。
スアに「頑張って」と言われたことが嬉しくて仕方ないブリリアンは、女性陣一人一人に対し常にオーバーアクションで応対しつつ、丁寧にチョコを手渡していきます。
抱擁のサービス付きです。
そんなブリリアン男装の麗人バージョンを前にして、女性客の皆様は一瞬で目がハートになっていきました。
……おそらく、僕が元いた世界で某歌劇団にはまる人達ってこんな感じなのかもしれないな、と思ったわけです。
その勢いのまま、僕とブリリアンは本店から2号店・3号店・4号店と回っていきました。
どの店でもブリリアンは大声援で迎えられました。
結局、返金対応は一件もありませんでした。
そして、予定通り閉店までにすべての店を周り終える事が出来ました。
本店に戻ったブリリアンは、さすがにお疲れモードでした。
「……タクラ店長……スア様のお願いとはいえ、こういうことはこれっきりに……」
店員控え室の椅子に座りぐったりしているブリリアンはそう言いかけたのですが、ここでスアが再び姿を現しました。
スアは、ブリリアンの手をギュッと握ると
「……ブリリアン、ありがとう。おかげで、旦那様が助かった、わ」
笑顔でそう言いました。
すると、僕の前ではお疲れモード全開だったブリリアンなのですが、ビシッと気をつけをするとですね
「スア様、なんともったいないお言葉! このブリリアン! スア様がお命じになられますならばこの程度の任務、何度でもこなしてみせましょう!」
先ほどまでのようなオーバーアクションでそう言いました。
そんなブリリアンの前のスア。
そっと僕の方へ視線を向けると、親指をグッと押し立てました。
……なんといいますか……ホント頼りになる奥さんです、はい。
とにかく、これで店のイベントは無事終了しました。
次は、テトテ集落へ行かないといけないわけですが……さて、パラナミオ達は無事チョコレートケーキを作れたのでしょうか……