「5年後」のその日
ある日のbrushupからの帰り道。
日向と鷹弥は鷹弥の家へと向かって歩いていた。
「今日アキちゃん酔ってたね」
日向が言うと鷹弥はいつものように
「んー…」
と答えた。
「大丈夫かな」
心配そうに日向が言うと
「まぁ…なるようになるでしょ」
と鷹弥は言った。
brushupではカケルが日向と鷹弥が帰ったあと、片付けてカウンターを拭いていた。
横で珍しく飲みすぎて突っ伏しているアキに声をかける。
「アキー…お前今日飲みすぎ。家遠いんだからもう帰れよ。」
「何?“客”がお酒飲んじゃいけないの?」
アキがカケルに絡む。
カケルはため息をついて
「とんでもない。有難いですよ、お客様」
と言ってアキの前に水を出した。
「アキは水をクイッと飲むとまたカウンターに突っ伏した。」
ちょっとの間カケルはアキをそっとしていた。カウンターに突っ伏したままのアキを見て
「俺はやめとけよー…」
とボソッと言った。
(何、それ…告ってもないのにフらないでよ)
アキは聞いていた。
(…ムカツク!)
アキはムクッと起き上がってカウンターから身を乗り出した。
「え…」
とカケルが驚くと一瞬の隙にカケルのシャツの胸元を掴んでアキがカケルにキスをした。
アキは黙って財布からお金を出しカウンターに置くとそのまま荷物を持って店を出た。
「ちょ…っアキ!…お釣…」
とカケルが言い終わる頃にはアキはもういなかった。
はぁー…カケルは深いため息をついて
「なんだ、アイツ…」と呟くと
思い出し笑いのように一人笑った。
brushupでそんな事が起きていた頃、日向と鷹弥はちょっとした事で二人で笑いながら鷹弥のマンションの前についた。
エントランスに一人の女の人が立っている。
見つけた鷹弥が突然立ち止まった。
日向は鷹弥の視線の先を見た。
スラッとした、立ち姿に見とれるくらいのその人は緩いウェーブがかったロングの髪姿を自然にかき分けてこっちを見ている。
その綺麗な女の人が鷹弥を見て微笑んでいた。
「鷹弥…?」
日向が鷹弥に声を掛けたその時
「し…ずな…っ!!」
そう言って鷹弥が突然その女の人に向かって駆け出して傍に行くとぎゅっと抱き締めた。
暫し沈黙の時間が流れ
「鷹弥ー…再会を喜んでくれるのは嬉しいんだけど…彼女、大丈夫??」
“しずな”は鷹弥に言った。
鷹弥はハッと我に返り、
「日向!」
と振り返ると誰もいない。
「あれ?日向は?どこいった?」
と焦る鷹弥。
「私と目が合うと、ペコっとお辞儀してアッチ、向かって歩いてったけど。」
と“しずな”が言うと、
「静奈、待ってて!」
と鷹弥は言って日向を追いかけた。
(今日は…家に帰るか…)
日向は鷹弥の行動に驚きつつも冷静にそう思って歩き出していた。
「…日向!!」
鷹弥が走って追いかけてきた。
「日向、ごめん、説明するから。ちょっと…ちょっとだけカケルのとこで待ってて!カケルには言っておくから!お願い!」
と珍しく焦る様子で日向に言う。
「わかった。」
日向は納得してカケルのところへ向かった。
鷹弥の部屋に入ると
「静奈、コーヒーでいい?」
と言って鷹弥は静奈にコーヒーを入れて渡した。
静奈はソファへ、鷹弥はデスクの椅子に座って話す。
静奈は部屋の隅に置かれた裏向きの絵に気付く。
「本当に5年…ちょうどで帰ってきたんだな。」
鷹弥が話し出す。
「うん。さっきの、彼女でしょ。大丈夫なの?」
静奈が聞くと
「カケルのとこにいる。あとでちゃんと話すから大丈夫。」
と鷹弥は断言する。
「大事な子なのね。一目見てわかった…」
静菜はさっき日向と笑い合っていた鷹弥の姿を思い出していた。
鷹弥が話し出す。
「この5年のほとんどは静奈の事を考えてたよ。日向…って言うんだけど…さっきの子に会うまではずっと。あの絵を見て、あと何年…ってずっとカウントダウンしながら毎日。感情のないまま生きてる気分だった…」
そう話す鷹弥の表情は暗くはない。
「あの子とはいつ?」
静奈が聞く。
「ちょうど…あと1年だなって思ったあとくらいかな。それから日向ともいろいろあって…日向が本当に大事なんだ。もう失うなんて考えられない。」
鷹弥は日向のことを想いながら柔らかい表情で静奈に伝える。
「それで、5年後の事なんてすっかり忘れてたってわけね!5年振りに会ってそんな惚気聞かされるとは思わなかったわー」
静奈が少し意地悪な言い方をすると、鷹弥は少し顔を赤くして気まずく笑った。
「安心したのよ。本当に。」
静奈はホッとしたようにそう言うと鷹弥の方を見て
「私ね、結婚するの。向こうに住んでる人…だから日本には帰らない。」
そう言うと鷹弥は少し驚いたように…
でも素直に
「おめでとう…!」
と静奈に言った。
「あれ…でもなんでじゃぁ…」
鷹弥が言うと静菜は
「帰ってきたか?って?」
と言った。
静奈は微笑んで
「私も同じ。鷹弥がずっと忘れられなかった。自分の夢を捨てられず、自分から鷹弥の方を捨てておきながら、どうしても気持ちを手放せなくて…子供じみた別れ方して向こうへ行ってからも…自分がチラつかせた5年って言葉にずっと囚われてた…」
静奈は続ける
「私も彼と出会って、未来をやっと見ることが出来て…でもそれでも自分が言い出したこの『5年』ていう言葉を忘れる事はできなかった。約束も何もせずただ鷹弥を縛り付けた…もしまだ鷹弥が…って思ったらどうしても…」
「だから今日は本当のお別れを言いに…と、あの絵を受け取りに」
そう言って笑いながら静奈は絵を指さした。
「どうせ鷹弥には捨てられないでしょ?
あなたは私の絵への思いをよく知ってるもの。…だからってねーあんな裏向きに置いてるなんて絵が可哀想でしょ!」
と静奈は最後はちょっと怒る素振りで言った。
鷹弥は少し気まずそうに
「助かるよ。あの絵は本当好きだよ。日向も綺麗な絵だって言ってた…でも俺にとっては執着してた静奈その物だったから…」
「私がそうさせたのよ。本当子どもっぽくて笑っちゃう。」
静奈はそう言うと
「鷹弥が幸せで…本当に良かった」
そう言って
「さぁ!日向ちゃんを迎えに行きましょう!」
と言った。
「は?静奈も行くの?」
鷹弥は驚くと
「行くわよ!私、あの子直感で気に入っちゃったの。ちゃんと挨拶したいわ」
と笑った。
鷹弥は勘弁してくれ…という感じで頭を抱えた。