罪悪感
圭輔の家での事を話し終えたカケルは日向を見た。
やっぱりうつむいて青ざめている。
鷹弥も心配そうに日向を見て
「日向…」
と声をかけた。
「茜さんは…ずっと知ってて…?」
日向が話し出す。
「パーティの時、結婚が決まったのは1ヶ月前って…ちょうど圭輔さんから連絡がなくなったのもそれくらいで…」
(あぁ…日向の中で全てが繋がってしまった…)
鷹弥は不安になった。
「私…のせいだ…なのに私…」
そこまで言った日向は言葉を飲み込んで話せなくなった。
泣きそうになったが泣くのも違う気がしてグッと我慢した。
「日向、全部吐き出して。今思ってる事。なんでも聞くから。我慢しなくていいから…」
鷹弥が言葉少なに優しく言う。
やっぱりお見通しの鷹弥の言葉には泣いてしまう。でも鷹弥が「話して」と言うのは初めてだった。
泣きながら言葉が零れるように日向は話し出す。
「私…二人の結婚は幸せな物だと思ってたから…私が壊さなくて良かったって…茜さんも知らないんだから笑ってお祝いしなくちゃって…でもそんなの偽善だ…!本当は知ってて…なんで…どんな気持ちで茜さんは…圭輔さんにも…私がしてきた事は全部独りよがり…思い込みの自己満足だった…ズルくて汚い…汚い…」
鷹弥とカケルは黙って日向の悲痛な声を聞いた。
「ひな、聞いて…」
沈黙を破ったのはカケルだった。
「ひなは全てを知ったら罪悪感で自分を責めるって思ったんだ。元々ひなはそういう自分の気持ちは言わない子だからね。誰にも言わず抱え込んでひなが一人で苦しむって。だから鷹弥はひなに言いたくなかったんだ。」
カケルが言うと日向は鷹弥の顔を見た。
鷹弥も日向を見て
「でも今は言ってくれた。ちゃんと言葉で気持ち吐き出してくれた。」
と優しく笑った。
「そうだな。ひながやっと自分から“助けて”って言ってくれた気がするよ」
カケルも安心したように言った。
この二人は…なんて大人でかっこいいんだろう。日向はまた涙が止まらなくなった。
カケルが話し出す。
「ひなが罪悪感を感じるのは仕方の無いことかもしれないけど、ひなのせいではないと思うよ。全てはきっかけにしか過ぎないんだ。物事はいろんなことに序長があって、きっかけひとつで良くも悪くも転がるだろう?」
カケルが続ける。
「例えばひなと圭輔が出会ってなかったとしたら、圭輔はまだ浮気を繰り返していただろうね。それは本当に茜ちゃんにとって幸せな未来だったか?そんな事誰にも分からない。」
「それにね、ひなのことがあったからってあの二人が幸せになれない、なんて決まったわけでもないだろう?それは自分たち次第なんだと思うよ。」
カケルの言葉がスっと心に入る。
「カケルが今心配してるのはそこだよね?」
鷹弥が言う。
「?」
日向が鷹弥の顔を見る。
「茜がどう出るかわからないんだろ?」
鷹弥が言うとカケルが頷く。
「鷹弥が思った通り、茜ちゃんはひなを圭輔の今までの“浮気”と同じにしようとしてるんだ。ある意味、ここまではそうするように圭輔をコントロールしてきた。でも圭輔は冷静に距離を置くって言ったんだ。確かにあの様子じゃ話にならないからそれがいいと俺も思う。今のまま一緒にいるのは圭輔にとっても酷だからね。だけど…」
「そうなると敵意が一方的に日向に向くな。」
鷹弥が言言った。
カケルは頷きながら
「敵意を持ってひなに今の話をぶつけに来るかもしれない。だからひなには先に知ってて欲しかったんだ。」
日向はこんな状況なのに二人の会話の呼吸がピッタリな事に感心していた。
「で、ひなに聞きたいんだけど。
茜ちゃんから連絡来てない?」
カケルに言われて日向はドキッとする。
鷹弥が
「はぁ?」
という顔をする。
「じつは…」
日向は言いにくそうに答える。
「ひーなーたー…一緒にいて何で言わないんだよ?」
鷹弥が呆れたように怒って、見せろという仕草をする。
「これ…です」
日向は渋々スマホを出して見せた。
画面には昨日の写真と共に
『ひなちゃん♡昨日はありがとう~!ひなちゃんともっと仲良くなりたいので今度二人でお茶でもしませんか?カッコイイ彼のお話も聞かせてほし~!!』
鷹弥もカケルも見て固まる。
時間は朝9時だ。
「やっぱりあの後送ってたか…」
とカケルが言った。
「日向、これ一人で考えてどう返信するつもりだったの?」
鷹弥が言う。
「わかんないから返信してないんじゃん」
日向は困ったように言った。
「まぁ返信してなくて良かったよ。とりあえずこのまま何もしなくていいと思う。こっちはもうバレてるのわかってるんだから、無理して相手することないよ。それからどうなるか…が想像できないんだけど…な…」
カケルが言うと
「絶対二人で会うとかダメだから。連絡も、来たら教えて。」
鷹弥が日向に念押しした。
日向は素直に頷いた。
「結婚してしまった以上、関係が破綻したからと言って簡単にさようなら、ってわけにはいかない事はもう今の圭輔は理解してると思う。俺も圭輔の様子は見ておくよ。時間はかかるかもしれないからすぐ安心はできないけど、とりあえずひなが大丈夫になったら家に帰っても平気だと思うよ。」
とカケルは言ったあとで
「まぁ…鷹弥が離さないかもだけどなー」
とニヤニヤしながら鷹弥を見ると鷹弥がビールを吹き出しそうになりながらむせた。
その態度にカケルは楽しそうに笑って日向は鷹弥の横で赤くなった。
「もしかしてカケルちゃん…寝てないんじゃない?今日仕事もあったのに…」
と日向が気付く。
「そうだぞー!二人がラブラブイチャついてる間俺は働いてたんだ」
と拗ねる素振りで言うと日向は
「イチャついてない…っ」
と焦ったように言う。
「えっ?あんなイチャつくしかないような部屋で?!」
とカケルが笑いながら言うと今度は鷹弥が
「お前っ…そんな!あの状況で無理だろっ」
と焦る。
でも二人が赤くなる様子に何かを気付き
「そーかー…んぢゃちゅーしたくらいかっ」
とカケルが言うと日向が真っ赤になって
「何で知って…」と言いかけてしまい
鷹弥も横で赤くなった顔を手で覆ってる。
「日向…これがカケルの誘導尋問だ」
と鷹弥が言うとカケルは爆笑した。
そのあとカケルはニコッと笑って
「明日は定休日だし、今日今からゆっくり寝るから大丈夫だよ。」
と日向に言った。
日向は
「本当に…ありがとう」
と言うと、二人の存在のありがたさにまた泣けてしまった。
それを鷹弥とカケルは少し安心した表情で見守った。
(圭輔さんと茜さんに罪悪感が消えたわけじゃない。でもそれに溺れるのはやめよう。)
日向は泣きながらそう思っていた。