俺がムリだから
一通りザワついてだいぶたった時日向が動いた。テーブル席で挨拶してる…?
帰るのか?
カケルは日向の行動を見守った。
カウンターまで来て
「カケルちゃんお会計いい?」
と言った。
「お…おぅ、ちょっと待ってな」
カケルはちょっとどもった。
「ねぇ。知ってたの?」
鷹弥がズバっと聞いた。
「…今さっき知った。」
少し間があって日向は俯いて前を見たまま返事をした。顔は作ったような笑顔だ。カケルでさえ見てられなかった。
鷹弥は黙ってる。
「ひな、お釣り…」
渡そうとすると受け取る手が少し震えていた。
「カケルちゃん…もう…いいかなぁ…」
日向は今にも泣きそうな声と表情になった。
「ひな、よく頑張ったね…」
カケルに言えるのはそれが精一杯だった。
心の中で鷹弥頼む…と思ったその時、
鷹弥が日向の手を掴んだ。
でも日向はまたその手を払って慌てて店を出た。
2度払われた鷹弥の手は前より行き場を失くしたかと思った。
けど、
「いや、ムリだろ!」
そう言って鷹弥は日向を追いかけた。
店を出る前
「カケル、すぐ払いにくるからツケといて!」
と言い捨てた。
大丈夫。日向はちゃんとみんなに挨拶をして出た。今の流れは誰も見てない。
「プッ。」カケルはちょっと吹き出して
「律儀なヤツ…ゆっくりでいいぞー」
安心したようにボソッと言った。
「日向!ちょ…待って!!」
日向は待たない。
鷹弥が追いついて
「…待てって!!!」
もう一度手を取った。
今度は日向も振り払わない。
泣きそうな顔だけどまだ泣いてない。
(間に合った…)
鷹弥は心の中で思った。
ちょうど二人が前にいた公園の前だった。
「なんで…」
日向は鷹弥の方は見ずに口を開いた。
「話さなくていい。なんも言わなくていいから」
日向が振り返った。
「頼むから…一人で泣かないで。俺がムリだから…」
「…俺がいたら泣けない?」
そう言った鷹弥の顔は本当に優しくて日向は顔を真っ赤にしてポロポロ泣いた。
鷹弥が言った通り何も言わずに…ただ
一度流れ出した涙はなかなか止まらなかった。
鷹弥はそっと日向を抱きしめた。
どれくらい時間が経ったかな…
日向はひととおり泣いて少し落ち着いてきた。
本当は一人で日向を帰したくはないけど家に連れていくのは違う気がする…そもそも日向はそんな簡単に男の部屋には来ないと思う…
鷹弥は一人グルグル考えた。
「少し落ち着いた?」
鷹弥が聞くとコクン…と頷く姿が可愛くて鷹弥はドキッとする。。
(何考えてんだ、こんな時に…)
自分を戒めながら
「…帰る?」と聞く。
ちょっと間があってやっぱりコクンっと頷いた。
ちょっとの間に期待してしまう。
「送る。家どこ?」
と言うと「大丈夫っ!」と泣き腫らした顔で焦って言う。
「その顔で一人で帰るの?」
日向は俯いて返す言葉もなかった。
鷹弥は「送るよ…」
と言って大通りでタクシーを捕まえた。
日向の手を握ったままいるけど日向も離そうとはしない。
「ココ?」
タクシーがマンションの前について頷くと日向は降りようとする。
鷹弥がじゃぁ…と言いかけると手を握ったまま
「寄っていく?」と日向が言った。
え、いいのか?と思いながら一緒にタクシーを降りた。
エレベーターに乗りながら鷹弥は思った。
(そっか…いつもアイツ(圭輔)が来てた部屋だもんな…ここまで一緒にいてその部屋に一人で帰すのも酷だよな…はぁ…俺が全部上書きしてやれたらいいのに。)
そんな事を考えながら部屋に着いた。
部屋に入ると日向は
「コーヒー入れる?ビールもあるけど…」
と言うので、
「じゃぁビール…」と言ったら
冷蔵庫から缶ビールを取ってプシュッと開けてソファに座る鷹弥の前で冷えてるグラスについだ。その仕草一つ一つにドキッとしてしまう。
ちょっと顔洗ってくるね…
と言ってテレビを付けたらリモコンを鷹弥に渡して日向は洗面所へ向かった。
普段から日向は綺麗な子だけど、家の中での自然な仕草から目が離せない。
今更ながら鷹弥は『好きだ』と実感する。
「ヤバいな…」鷹弥は顔を赤くしてボソッと言った。
洗面所から出てきた日向はおろしてた髪を緩く纏めて部屋着に着替えていた。
化粧を落としても変わることのない綺麗さと、いつものシンプルな服装からは想像つかなかった可愛い部屋着姿。フワッとしたショートパンツからの生脚はわざと誘ってるのかとさえ思わせて、鷹弥の理性は吹っ飛びそうになる。
明日大変な事になりそうだからちょっと目冷やそかな…
日向はそう言って氷でタオルを冷やして
持ってきて鷹弥の横に座った。
日向が近くて落ち着かない。
横から日向が言った。
「今日はありがとう…一緒にいてくれて。一緒にいてくれたのが鷹弥でよかった」
そう言って笑う日向が可愛くてまたドキっとする。
あ…そういえば…
と日向が言い出した。
「鷹弥って馴れ馴れしく呼んでるけど私年下だった…」
「え?今更?」と鷹弥は笑って
「いーよ、鷹弥のまんまで」と言った。
「鷹弥、ありがとう」
もう一度そう言うと、日向はソファの背に頭を乗せて上を向いて瞼に冷えたタオルを置いた。
「うー…明日目腫れてるかなー」
日向は上を向いてそのまま話す。
「あー…腫れてるだろうねーパンッパンだろうねー」と鷹弥はちょっと意地悪く言った。
(だって日向はわかってない。
ほとんど隠された顔から見える唇がどんだけ俺を誘ってるか…これに耐えるのは至難の業だ)