ごめん。
日向がぼんやり家に帰ると部屋の扉の前に圭輔が座っていた。
「何してるんですか…」
日向は少し冷たく言った。
「よかった…ひな。帰ってきた。」
圭輔は立ち上がってフワッと日向を抱きしめた。
「そりゃ帰ります。」
と言うと圭輔は
「帰る時、鷹弥と二人いなかったから…」
と圭輔が言ったので日向はカッとして
「また鷹弥?何もないって言ってるのに!今日はまともに会話もしてません!」
と怒ってドアを開けた。
「ごめん!ひな!ごめん…」
圭輔も慌てて玄関に入って日向の顔を両手で包んだ。
「殴って…ホントにごめん…」
この男は…この言葉を言うのにどれだけ時間をかけただろう。
泣きそうな顔で言う圭輔を責める気はもう日向にはなかった。
そっと圭輔を抱き締めて日向は言った。
「私は大丈夫だから。もういいです。」
続けてすぐ
「でも…今日は帰ってください。まだ電車あるから…」
と言った。
圭輔は苦しそうな顔をしながら
「わかった…」
と言って日向に優しいキスだけをして玄関を出た。
日向は今日は圭輔を受け入れてはダメな気がした。でも、この関係も終わりが近い…そんな風に思って玄関の扉の前でしゃがみ込んで泣いた。
圭輔は日向の部屋を出て電車に乗った。
(ひなを失うかもしれない…)
茜の元へ帰るのに、そんな事ばかりを考えていた。
電車を降りてスマホを見ると茜からLINEが入っていた。
『圭ちゃん♡今日は何時頃帰る??』
そんな事滅多に聞いてこないのに珍しいと思った。そしてこの時初めて今茜に会いたくないと一瞬思った自分に圭輔は自分で驚いた。その気持ちを打ち消すように茜に電話をした。
「今駅着いた。帰るよ」
いつも通り言えたはずだ。
よし。茜の元へ帰ろう。
家に着くと茜はいつも通り
「圭ちゃん、おかえり~♡」
と寄ってきた。
「ただいま」
(俺、ちゃんと笑えてるよな?)
「風呂入ってくるわ!」
そう言って洗面所に向かう。
「上がったらビール飲む~?」
いつも通り茜が聞く。
「ちょっと今日は飲みすぎたから水にしとく!」
そう言って洗面所の扉を閉めた。
(大丈夫…いつも通りだよな…)
圭輔は自分でいっぱいいっぱいで茜の変化に気付いていなかった。
茜は圭輔の変化にとっくに気付いていたのに…。
お風呂から上がった圭輔がリビングのソファに座ると茜がペットボトルの水を持ってきた。
「はい、圭ちゃん」
水を渡していつも通りペタっと引っ付いて座る。
圭輔の胸に持たれながら茜が言った。
「圭ちゃん、来月記念日だね♡
もう何回目って感じだけど」
と言って笑いながら
「その日を結婚記念日にしよっか♡」
と満面の笑で言った。
圭輔は頭が真っ白になってこれまでの茜との事を思い出した。
(そうだ…浮気して茜の気持ちを確かめる度に結婚してって言ってたのは俺だ…茜はその度に『何言ってんの!浮気もんが!』と言いながらいつも浮気は許しても結婚するとは言わなかったのに…なんで今なんだ…なんでそれを言われるのが今日なんだ…)
そう思った時浮かんだのは日向の顔だった。
圭輔は自然と涙が出ていた。
「あれ?圭ちゃん、何泣いてるの~?そんなに嬉しかった?今まで結婚に“うん”て言わなくてごめんねっっ」
と茜が慌てたように言って我に返った。
茜は続けた。
「私はもちろん圭ちゃんと結婚するつもりだったんだけど、さすがに浮気癖が治んない限りはしないぞって思ってたの。でも…圭ちゃんここ半年以上浮気してないもんね?やっと改心してくれたと思って…」
(半年以上…あぁ…ひなと出会ったからか…)
「今日うちの親にも話してね…あ!圭ちゃんのおばちゃんとも電話で話したよ~……」
茜の話は続く。
圭輔は茜の話を聞きながらずっと心の中の自分の声を聞いていた。
そうだ。俺たちは子供の時から一緒にいて、お互いの親も当然結婚するもんだと思って地元から二人を送り出した。
あとは茜が結婚すると言うだけだった。
俺は茜とは別れられない…
でも…日向の事も本気だった…
そうか…このタイミングは歪んでばっかりいた俺への罰だ。
ごめん…ごめん…
もう一体誰に対してなのかもわからないけど俺はひたすら心の中で謝った。
あぁ…俺はひなを失うのか…
アイツ結局最後まで好きだって言わなかったな…
その時、圭輔の心の中は日向でいっぱいだった事を初めて自覚した。