鷹弥の部屋
バッチーーーンッ!!
「最ッ低!!」
ドン!
…バタン。
「…イテッ…」
彼女にビンタされて罵られて突き飛ばされて出て行かれた…。
ボソッ。
「まぁ…最低…だよなぁ。」
コンクリート打ちっ放しの壁にだだっ広いワンルームのデザイナーズマンション。
オシャレな空間に置かれてるのは必要最低限の家具と仕事用のデスク。一人暮らしには不釣り合いな大きなベッド。
そしてベッドの頭側の壁にはシンプルな部屋にはこれまた少し不釣り合いな絵が飾られていた。
ボーッと絵を見ながら呟く。
「あと1年…か…」
長嶺 鷹弥(ナガミネ タカヤ)28歳。
職業:webデザイナー
元々感情をあまり表に出さないタイプではあるけど、4年前から特にそれは酷くなった。
俺が本気で愛したたった一人のその女(ひと)は4年前突然に目の前から消えた。
4年前____。
「5年は帰らない。長すぎるでしょ…
あなたはあなたの人生を生きて。いろんな人と出会って。
デザインをする上で人との関わりは必要不可欠だと私は思う…」
2年付き合った一つ年上のその女(ひと)は俺に有無を言わさず別れを告げて行った。
最後に
「もし5年後…」と言いかけた先の言葉も飲み込んで。
その女(ひと)が日本を離れて少し経った頃
突然荷物が届いた。
大きなキャンバスに夜の街の絵が書かれていた。
それは間違いなくその女(ひと)が描いた絵だった。
なんの言葉も添えられていないのにそれが今住んでる町の景色なんだろうと思った。
…忘れないでという事なのか
決して触れられない距離から俺の心を捕えたまま離さないつもりなのか…
どっちにしろ残酷な事をする。
俺はいつも二人で過ごした広いベッドの壁に絵を飾った。
忘れられるわけなんかないんだ。
飾った絵を見ながらぼそっと言った。
「5年後…か…」
ぼーっと絵を見つめて5年後までのカウントダウンを始めた。
そしてその絵に見せ付けるかのように
その絵の下でいろんな女を抱いた___。
合意の上での一夜限りの関係もあったし
ちゃんと付き合った子もいた。
5年後へのカウントダウンを始めた頃は
忘れられない、なんて言いながら
案外あっさり次の女を愛してしまうんじゃないか、とも思ったりした。
でも俺はカウントダウンを止めなかった。
あと4年…。
あと3年……。
あと2年……。
「あと1年…か…。」
ベッドにうつ伏せに大の字になってもう一度呟いた。
ムクっと起き上がって
(よし。brushupに行こう。)
と出かける準備をした。
家から徒歩圏内にあるダイニングBAR brushupは、高校からの友達のカケルがオーナーを務める店だ。
店に入っていつものカウンターに座った。このカウンターで一人飲みながら人間観察をするのが仕事にも役立ってると思う。
そんなに通う程ではなかったが仕事で行き詰まるとふらっと立ち寄る。
その日は少し久しぶりだった。
悔しいけど俺から去ったあの女(ひと)の言う通りだ。
“人との関わりは必要不可欠”と言われたけど、どうも自分から関わるのはいつまでたっても苦手だから、こうしてカウンターから他人の関係を覗き見てる。
オーラが見えるとかそんな話じゃないんだが、その時々で俺には人が色を纏っているように見えて、その色の組合せや配置を考えてたりすると自然とデザインが浮かんできたりする。
いつも同じ人が同じ色に見えるわけでもないから面白い。
まぁ実際関わるのはホント苦手なんだけど。
カケルがビールを出しながら言った。
「鷹弥…お前、それは突っ込んでいいの?ほっといた方がいいの?」
どうやらくっきりビンタ跡が付いてたらしい。
「あ…んー…」
鷹弥のこの反応には慣れっ子のカケルは動じずにつっこむ。
「で、今回はどれくらい?」
「2…3ヶ月…?」
「へー…それなりにもったじゃん。
あれだろ?鷹弥が、好きにはならないと思うって言ったらそれでもいいからって言ってた子だろ?」
「私の事ちょっとは好き?って聞かれた」
イヤな予感がしたカケルは恐る恐る聞いた
「で…なんて答えたの?」
「んー…。」
やっぱり無表情に答える鷹弥。
「やっぱり…。お前ホント期待裏切らないね。」
「いや、さすがにね、そこで“全然!”て答えちゃいけないことはわかってた。」
(全然だったのかよ。)
カケルは呆れた。
鷹弥「そもそもそれでもいいって言ってたの向こうだし」
正論。
まぁ…
そうだよなー。鷹弥は嘘はつかないし裏切ったりもしないんだけど。
ただ…正直過ぎるのと表情に豊かさが欠けすぎてるんだよな。
と思ってカケルはそこまでは口にはしなかった。
カラン____。
ドアが開いて鷹弥がドアの方を見た。
彼女を見たのはその時が初めてだった。
一瞬周りが真っ白になったような感覚で入ってきた彼女だけが色を纏っていた。
少しオーバーサイズの真っ白のシャツ。
軽くまくった袖から見える白くて華奢な腕。くるぶしが見える丈のタイトなデニム。
シンプルなコーディネートは彼女の綺麗さを引き立たせていた。
不思議な感覚に少しフリーズしてると彼女は俺とは反対側の端に座ってる男に声を掛けた。
「珍しい…一人ですか?」
今日は客が少ないせいか彼女の声がスっと耳に入ってくる。
なんだ…アイツの知り合いか…
その男は圭輔と呼ばれていた。
いつも賑やかな中心にいて少し苦手だと思っていた男だった。
圭輔と話す彼女の表情は意外にも豊かだった。話しながらコロコロ変わる彼女の顔にその日は釘付けになった。
カケルも圭輔もその彼女の事を“ひな”と呼ぶ。
彼女を見たその日からbrushupに以前よりよく足を運ぶようになった。
“ひな”は一人でカウンターで飲みながらカケルと話している事もあるが、圭輔がいる時は賑やかな輪の中にいた。
“日向”という彼女の名前を知るのはもう少し後の事だった____。