圭輔と茜
「茜はねー…」
突然圭輔が真面目に話しだした。
圭輔が彼女の名を言葉にしたのは初めてで日向は今更ながらズキンとくる。
(聞きたい、聞きたくない、聞かなくちゃ…)
日向の心の中がザワつく。
圭輔「幼なじみで中学の時からずっと付き合ってるんだ。」
仲間内から聞くのと圭輔本人が口にするのでは感じる重みが違う。
圭輔「まぁ…ずっとっていっても中学高校とかは別れたりくっついたりの繰り返しだったけどな。」
当たり前だけど、圭輔本人の口から語られる茜はリアルだった。
圭輔「見た目は小さくてふわふわしてて…性格もおっとりしてんのにどっか強いヤツでさ。子供の頃から一緒にいるからイマイチ実感わかなかったんだけど、あ、俺コイツなくしたらダメだなーなんて改めて気付いたのが、俺が美容師になってアイツも就職決まった頃だったかなー。でも俺本当今よりもっとガキだったからな。茜の就職先の先輩にコロっと持ってかれちゃってねー…」
(え?茜さんの方が先に圭輔さんから離れたの?)
圭輔がこんな正直に身の上話をするなんて今までにない事で日向は時折当たり障りのない相づちを返しながら聞きたくない気持ちを押し殺して黙って聞いた。
圭輔「他に好きな人がいるって完全に振られて…中高の時のケンカ別れしてはより戻して…なんてのとは全然違ってめちゃくちゃ堪えてさ。数ヶ月完全に連絡途絶えてる間ホント生活めちゃくちゃで。結局数ヶ月後に茜は戻ってきたんだけど、その頃からね。」
そこまで言うと少し情けない顔をして
「…浮気しては茜の気持ち確かめるんだよね。ホント未だにガキだろー。あー…いや…いい歳して歪んだ大人か」
また圭輔は諦めたように笑う。
(それって…浮気に傷付いてるのは茜さんだけじゃなくて圭輔さんもなんじゃないかな)
茜さん____。
知らない人だけど、きっと全部わかってるんだ。
と日向は心の中で思った。
一度自分から手離した事で深く傷付けたから、浮気して帰ってくる彼を安心させるように抱きしめる。
日向は顔も知らない彼女を想像してまた胸が痛んだ。
(本当歪んでるけど確実な愛なのかもしれない。やっぱり私には手に負えないな…)
日向はようやく聞き出した“浮気癖”の真相に心を痛めつつも自分がこの男に何故惹かれてしまったのかわかる気がした。
♬︎~
圭輔のスマホが鳴って、電話してくる、という仕草をして席を離れた。
もう日向には彼の表情ひとつで彼女からだとわかってしまう。
日向はこの時ハッキリした。
どうしようもなく彼女に対して歪んだ愛をもつこの男を好きになってしまったのだと。
日向(あー…苦しいな…)
「ひな!オカワリ入れる??」
日向が一人になったのを見てカケルが声をかける。
「うーん…辞めとこうかな。明日仕事早いから帰るよ。圭輔さんにもよろしく言っといてー」
日向はお勘定を済ませてbrushupを出た。
日向「あー…なんか…疲れたな…」
泣きそうになり上を向いた。
大人になればなるほど、“両思い”なんて奇跡じゃないかと思い知らされた夜だった。
brushup_____。
圭輔「あれ?ひな帰ったの??」
席に戻った圭輔がカケルに聞いた。
カケル「明日仕事早いんだって。よろしくって言ってたよ。」
と言ったあと
「まぁ…ひなは元々休みの前の日しか来ないんだけどね。」
と意地悪く圭輔を睨んだ。
圭輔はバツが悪そうに
「だってさー…あんな真っ直ぐなひな見てたら誤魔化しなんか通用しねーじゃん…」
かけるはふぅーと少しため息をついて圭輔にお酒を出しながら
「ひなってさ。いい子だよね。」
と言った。
圭輔「わかってる。カケルちゃん。俺は茜と別れないしひなを汚したりもしないよ…」
圭輔はカケルが釘を刺す言葉を選んだ事に気が付いていた。
そしてカケルは圭輔が最近浮気をしないのはひなが関係してるんじゃないかと薄々気が付いていた。その事に圭輔自身が気付いているかはわからないけど、カケルだけは今日の事で何かが変わるかもしれない予感があった。
カケル「ひなはきっと圭輔が困る事は口にしないよ。これからも…」
カケルの言葉が圭輔に深く刺さった。
お前次第だ。手を出すなよ。
圭輔にはそう聞こえた。