つかの間の平和
私の平和な日常は、二週間に一度、ある男性によって脅かされる。
初めて浜崎のお茶出しを担当して以来、芝さんはすっかり浜崎の虜になっていた。
虜というよりも、ガチ恋ファン?
「はあ、カッコよかったなぁ浜崎さん……」
「ふふ、芝ちゃんたらまた言ってる」
頼れる姉御肌・吉波先輩が呆れたように笑う。
「吉波さん!だって本当にイケメンだったんですよぉ。モデルみたいで、そんじょそこらの芸能人よりもめっちゃカッコよかったです!
「あらあら、お熱だこと。確かにイケメンだものねぇ。神崎ちゃんとか、しょっちゅう顔合わせるけど、そこまでって感じよねぇ」
「うーん、私は仕事一筋なので。それに、イケメンなのは確かですけど、本当は結構冷たいところあるんですよね……」
悪口、ではない。これは真実である。
「仕事一筋ねぇ。神崎ちゃんらしいっ!それと浜崎さんが冷たいって言うけど、私たちにはそういう一面見せてくれないからねぇ。一体どんな感じなんだい?」
「うーん、なんというか……。高圧的で俺様って感じの……」
「え~!そうなんですか?めっちゃキャラに合う~!」
「芝ちゃんは、俺様な浜崎さんも好きそうだねぇ」
「超カッコイイじゃないですか~!どうして神崎先輩だけ特別なんですか!?」
「と、特別ってわけじゃないと思うけど……」
特別対応だと言うのなら、ぜひ今すぐにやめていただきたいのですが。
「でも、彼女とかいるのかな。芝ちゃん聞いた?」
「まだそこまでは聞けてないですけど、イケメンだし社長だし、女には困らなさそうですよねぇ」
「確かに!黙ってても女が寄ってきそうな顔してるよねぇハッハッハ!」
そう広くない社内に、吉波さんの笑い声が社内に響く。吉波さんの、この明るい性格好きだなぁ。
それにしても、浜崎さん……。来社しない間は平和な日常なのになぁ。
キーン、コーン、カーン、コーンーー
昼休みを告げるチャイムが鳴る。午前中、重めの業務入れてたからキツかった……。
「りおなちゃん、今日もお弁当?」
「いえ、今日は寝坊しそうになって作れなくて……」
「っしゃ!それじゃ、俺たちとランチ行きましょうよ!」
「服部ちゃんったら、相変わらずりおなちゃんに懐いてるねぇ」
「いつも助けてもらってるんで、当然です!」
そう元気良く答えたのは、後輩の服部 慎悟(はっとり しんご)。綿sの1つ後輩で、ことあるごとに頼ってくる可愛い(?)後輩だ。
「あはは、そんなことないよ。でもありがとう」
「先輩、今日だけじゃなくて晩ご飯もつれってくださいよ!」
「いや、そこまでは……」
「え~、行きましょうよ。美味しいお店チョイスするんで!」
「お、そんなに美味しいお店があるなら、私と芝ちゃんも連れて行ってよ。ねぇ芝ちゃん?」
「そうですよぉ。神崎先輩だけずるーい!」
「ず、ずるいってそんな……。確かに、皆で美味しいもの食べるなら、アリかな」
「皆って、まぁいいですけど……。約束ですからね?」
服部くんもまた、浜崎さんとは違うタイプのイケメンだ。現に社内でも「弟系イケメン」「子犬みたいで可愛い」などと評判が高い。
でもやっぱり私には、浜崎さんが取引相手にしか見えないように、服部くんも可愛い後輩って感じなんだよね……。相手にとっても、たぶんそうだろうし。この関係が揺らぐことはきっとないと思っている。
……いや、もしかしたら服部くんの方が先に出世するかもしれないから、揺らぐこともあるかもしれないけれど。
「そうねぇ、それじゃ、次の契約取ったらね」
「本当ですか!? 絶対ですよ!」
「あらあら、服部ちゃんって、本当りおなちゃんの飼い犬みたいだよねぇ」
「そんなんじゃないですよ!今はただの先輩、後輩っす!」
「えぇ~、神崎先輩と服部先輩って、そんな仲なんですかぁ?浜崎さんとも特別なカンケイって感じだし、ずる~い!」
「そうなのよ、芝ちゃん。この二人の間には、社内の人もほとんど知らない契約が交わされていてね……」
「ちょ、ちょっと!そんなんじゃないですってば!」
社内の人たちと過ごす、平和な時間。会社も仕事ももちろん大好きだけど、何より大好きで大切なのは、会社の人たちだ。ずっと、こんな平和な時間が続けばいいのに。心から、そう願っていた。それなのに……。