社長襲来
「一緒にいてもつまらない」
「可愛げがない」
そう言われて、あっさりフラれた私の初恋。
そんな私なら、もう恋なんてしない。そう決めたはずだったのに……。
浜崎さんはいつも、私の心をざわつかせる。
「神崎さん、芝さん。会議室までコーヒーを2つお願いできるかい?」
「はい、かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
神崎りおな25歳。都内の小さなアパレルメーカーに勤めるごく普通のOLだ。文系の大学を卒業後、社員数十人のこの会社に入社して以来3年間、事務方として社員たちのサポートを行ってきた。
「それじゃ、芝さん。お茶出しの仕方レクチャーするね」
事務方と一言でいっても、その業務内容は多岐に渡る。今のように来客対応や電話応対、請求書作成、郵便物の整理・仕分け、今年入社したばかりの新入社員への研修など、事務員が少ない分、やることはたくさんあるのだ。
「コップはこれを使って、コーヒーセットはここ。砂糖はここに置いてあるから、1人1本でお願いね」
「はい」
小さい会社だから、あまり積極的に採用活動はしていないそうだが、毎年数名は入ってくる。 今年は男女一名ずつ、計二名が入社した。そのうちの1人、芝 ひなたの研修を任されている。
「ちなみに、今日来社されるお客様は、社長のご友人の息子さんでね。今は二代目社長の」
「そうなんですねぇ」
「二週間に一回は来社されるから、これから顔を合わせる機会が増えるかもね」
今日の来客対応は、りおなにとっては「いつもの相手」だった。そう、いつもの……。
コーヒーの準備が整い、会議室のドアを開ける。りおなはその様子を、後ろからそっと見守っていた。
(これで次からはお茶出し、芝さんにもお願いできるかな)
自分の負担が少しだけ楽になる嬉しさと、自分の手から離れていくような、何とも言えない気持ち。数は少ないが、過去にも似たような気持ちを経験してきた。自分のそばを離れなかった新人たちが、少しずつ仕事を覚え、巣立っていく。
そんな新人たちの成長を見つめながら、自分にもそんな時があったな、とふと初心に帰る瞬間が好きだった。
初めてのお茶出しが終わり、おのおの自席に戻る途中。芝さんが唐突に口を開いた。
「浜崎さんってものすごいイケメンですね!」
……ん?突然どうしたんだ、この子は。
「え?ああ……そうねえって、名前教えたっけ?」
「さっき名刺をいただいたんです!」
あ、なるほど。初対面だったもんね。
「そっか、それでか。確かに顔は整っているよね」
「え、すごいイケメンじゃないですか?身近であんな人見たことないです!」
目をキラキラと輝かせながら話してくる芝は、まるでアイドルに恋する女性ファンのようだ。でも、どうしても私はそうは思えない。表面上の共感はできるけれど、本心ではまったくの否定派なのだ。
「た、確かにそうかもね……」
「神崎さんはタイプじゃないですか?」
「うーん、タイプじゃないっていうより、カッコいいとかそういう目で見たことがないから……」
「え、あんなイケメンを目の前にしても冷静でいられるなんて、すごいですね!彼女いなかったら、狙っちゃおうかな」
ね、狙うって何?今どきの若い子って積極的だね」
「あはは……モテそうだし、彼女くらいいるんじゃない?」
「ですよねぇ、残念。でもまぁ、まだいるって分かりませんからね!」
芝さんは笑顔でそう言って、いったんこの話題は打ち切りになった。芝さんは人懐こいし、物怖じしないしない性格で、入社してすぐに先輩社員から可愛がられる存在になった。
きっと、こういう子が彼女になるんだろうなぁ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、自席に戻り先ほどまでの仕事に着手し始めた。
三十分後--
「う~~ん……そろそろ休憩しようかな」
思ったよりも集中していたらしい。短時間でも随分と頭を使った気がする。ここは少しリフレッシュしてから仕事に戻ろう。そう思って、休憩室に向かおうとしていた、その時。
「よお、神崎」
「……!」
後ろから不意に声をかけられて振り向くと、先ほどまで社長と打ち合わせをしていた「取引先の二代目社長」、浜崎 俊(はまさき しゅん)が立っていた。
げげ、げげげげげ。今、一番会いたくない人……。
「は、浜崎さん。こんなところでどうされたんですか?」
「決まっているだろう。お前を探しに来たんだ」
決まっているって、何が?探しに来たって、どうして?
この人と話していると、当然の質問も間違っているかのように聞こえる。妙な威圧感があるのだ。
「今日はどうしてお前じゃなかった?」
「え、ああ、お茶出しですか?今日は新人さんにやり方を教えようと思って……」
ごく普通の受け答え。私は何もボロを出していないはずだ。
「新人?俺はずっとお前がいいんだが」
それがどうしてそうなるのー!
浜崎さんはいつも、私の答えに対してかなり斜め上の回答をしてくる。
正直、どう答えるのが正解なのか、一度も分かったことはない。
「はぁ、そう言われましても仕事なので……」
普通は、イケメンにこんな告白まがいのセリフを言われたら、多少ぐらつくものなのかもしれない。でも、浜崎さんはあくまで取引相手。それ以上でも、それ以下でもないのだ。
「まあいい。次はお前のコーヒーが飲みたい」
「時間が合えば、対応させていただきますね」
「チッ、つれねぇな……」
今、舌打ちが聞こえたけど!?
「そ、それじゃ、私はこれで……」
あ~怖い、浜崎さん本当何考えてるのか分からないし、何が目的なのかまったく不明すぎるし……。どう対応するのが正解なの?っていうか、なぜ私にだけいつも塩対応?
私って、浜崎さんに嫌われているのかも……。
やっぱりちょっと苦手だな……。
「先輩、どうしたんですか?顔色悪いですよ?」
「え、あ、ううん!なんでもない!」
浜崎さんはいつも、私の心を(いろんな意味で)ざわつかせる。