暗部と価値観
人というのは面白いものだ。れいは永い間観察を続けてなお、人をそう評する。
愚かで弱く脆いくせに、右手と左手で違う動きをするという器用さは、魔物達では中々難しい。あっても罠に嵌めるために誘導する程度で、周囲の反応を窺い、社会という集団を利用し、法の隅を突く。そこまで高度な駆け引きが出来る魔物は、可能性が在るのは魔人と呼ばれる域にいるような存在ぐらいだろう。
いつの時代、何処の世界でも、人は実に面白い。笑みを浮かべながら友を同胞を地獄に落とすのだから。いや、そもそも同胞を同胞と見ていないのか、それもまた面白いとれいは思う。
「………………愚かで浅はかで無駄なことに力を注ぐ井の中の存在。それを外から眺めれば、多少は愛らしさを感じるものです」
ハードゥスの世界でも人の勢力というのは大分大きく育った。そうなると、光が当たらない場所というのは当然ながらでてくるもので、れいはたまに息抜きがてらそれらを観察していた。
同胞の命を使って金を稼ぎ地位を得る者達。同じ人からすれば、そう言った存在は外道だの極悪人だのと唾棄するように評されるのだろう。しかし、れいに言わせれば、それもまた生存戦略と言えた。人から見れば赦されざる行為でも、れいから見ればただの余興の一つ程度。価値観の違いというのは、それが明白になるまで中々理解されないものらしい。
「………………私は理解出来ているとはいえ、興味ありませんからね」
最期の瞬間に神頼みする者を眺めながら、れいは何も思わない。何故無数ある内のたかだか一つの命程度を助けてくれると思うのかと、遥か昔に疑問を抱いたことがあったぐらいか。
管理者は過程よりも結果の方を重視するので、それを救わなければ結果的に世界を崩壊に導く、ぐらいの判断をしない限りは何もしなかった。
「………………もっとも、こういう時に手を貸す管理者も中には居るようですが」
れいは呆れるようにそう口にする。そういう場面で人を助けるのであれば、何故魔物や動物などを助けないのだろうかと、れいは不思議に思うのだ。どれも同じ命ではないかと。そして、同様に欲望のために刈り取られる命ではないかと。
もっとも、それに対して答えを期待してはならない。昔にその問いをしてみても、結局は人を贔屓していたという一言に尽きる回答しか得られなかったのだから。
「………………まぁ、エンターテインメントとしては一種の定番ではありますかね」
人が他人の命を勝手に消費して金を儲ける。その愚かしくも滑稽な劇は割とよく上演されていて、管理者の中でポピュラーな娯楽の一つだ。中にはそのために雛を拾って肥育するという手間をかける者まで居るのだから、パターンが豊富で楽しませてくれる。
「………………孤児院ですか、常道ですね」
とある人物を観察しながら、その人物が経営している牧場の種類に、れいはややつまらなそうに呟く。物語は奇抜であればいいというわけではないが、拾って育てる場所としてはあまりにも普通なのでその感想もしょうがない。
そうして観察をして時を過ごしたれいは、世界の管理に戻る。人の世界の取り締まりは、基本的に人に任せておけばいいのである。れいが人程度に恩を売る必要性は全く無いのだから。
それに、こういうのは規模に限度というモノがあるので、放置していても人が滅ぶわけではないのだから。そんなことよりも、まずは大陸間を航行可能な船の開発がどう進展していくのか、今のれいとしては、そちらの方が興味を持っていた。