10話
一週間は、何もなく過ぎ、金曜日になった。
楓さんとは、LINEでメッセージのやりとりだけ。「おはよう」とか「今何してる?」とかね。
長電話したら、次のデートが台無しになるような気がしたの。話すのは、実際に会って、と思っていた。向こうもそう思っていたと思う。たぶん。
「楓さんの本名」というのは、私の中で切実な問題だった。
どういう名前か、何度も想像した。タケシとか、そういう男らしい、昭和っぽい名前でないのは間違いないと思った。
一体どういう名前なの!?
早く彼の名前を本名で呼びたい!
でもLINEでは聞かない。
次のデートまでは・・・・・・
それまで、彼は私の中でミステリーな存在。
なぜ自分から本名を名乗ってくれないのだろうかと、疑問にも思った。でもずっとホストとして生活しているのだから、楓という名前が自分の一部になっていて、本名をいうのを忘れていたのかも。そう、自分に言い聞かせた。
まあ、ミステリアスな男って、魅力あるよね。そう考えて満足することにした。
それでも、付き合っているのだから、教えてくれたらいいのに・・・・・・
何で、東京タワーで、言ってくれなかったの?・・・・・・
そう考えていると、ミカコのことを思い出した。大ニュースを彼女に伝えないわけにはいかない。
ミカコに電話をかける。
「何ー?」
彼女の息遣いが、なんか荒い。
「実はさ、ホストと付き合うことになった」
「ウソ!マジで!?」
「マジ」
「あんた、本気で言ってんの?」
「うん、告白したもん。お互い。」
「実際会ったんだ・・・」
「うん、デートした」
「あんた、そんなに度胸あるとは思わなかったわ」
「うん、私も」
「結婚するの?」
「何言ってんの! まだわかんないよ!」
「そっか・・・」
「じゃ、そういうことだから」
「うまくいったら、教えてよ」
「ミカコ、うまくいったらって何よ! 今うまくいってんの!」
「そっかそっか。ごめん・・・」
彼女の息遣いが、少しおかしい。電話の向こうから荒い息遣いも聞こえる。
「ミカコ、ヤスシに番号教えてないよね?」
「ヤスシって・・あんたの元彼でしょ・・するわけないじゃん」
これで、ヤスシに教えたのはユイだと絞り込まれた。
「じゃあきるからね。また面白ことあったら、教えたげる」
「うん・・・またね」
「それからね、ミカコ」
「うん」
「今度電話出るときは、彼氏とヤってないときにして!」
「あ、バレた・・・!」
「もう・・・!」
私は電話を切った。 何と不埒な友人を持ったものだ。我ながら呆れる。
ベッドの上に寝っ転がって、彼のことを考えた。
すると、スマホにメッセージ。
「ガイアに来てよ」
すぐにメッセージを打ち返す。
「今から? 明日会うのに!もう遅いし、無理だよ」
「違うって。リモートで」
えー!と驚いた。でもよく考えると、久しぶりに彼の顔を見るのも悪くない。
もうあれから一週間、顔を見ていなかった。
東京タワーでも写真とらなかったから。
LINEでも彼の写真送ってくれなかった。
彼の写真を見るのはガイアのホームページだけ。
今ではお店で人気ナンバー8になっていた。
私は少し嫉妬し始めていた。
私は家でリモートワーク。好きな彼以外の男に会うことはない。ヤスシのメッセージをのぞいて。
しかし、彼はお店で何人もの女性と会っている。その中には私より美人でかわいい子だっているだろう。
こんな不公平ってあるだろうか?
パソコンを起動して、ZOOMホストを繋げる。
また、店長の古賀さんが現れる。
「カナさん、ご来店ありがとうございます」と、またお辞儀。この人、本当に律儀。
「あの、楓さんを」
「承知いたしました」
画面が切り替わる。
そこには黒いマスクをつけ、黒いスーツに紫のネクタイの楓さんが。
「久しぶりー」
「久しぶり」と返す私。 「ね、マスク、外してよ」
「ああ、ごめんごめん」
気づいた。さっきまでお客さん居たんだ。だからマスクを・・・・・・
私の胸がズキン、痛んだ。嫉妬の痛みだった。
やるせなかった。
怒りを隠すように、平常心で言った。「お店、どう?」
「繁盛してる」
「ホームページ見たよ。8位じゃん!やったじゃん」
「そうそう!ありがとう」
「何でZOOMしたかったの? LINEでも顔見れるのに」
「見たかったからじゃ、ダメ? 仕事中でも」
嬉しいこと言ってくれる。
浮気してないよね、って聞きたかった・・・
たくさんの女のこと飲んで・・・・・・
でも・・・・・・
彼は私のこと好きって告白してくれたんだ、信じるしかない!
「明日さ、楽しみだね。もう行くとこ、決めてある?」
「そのこと何だけどさ、実は明日仕事入っちゃって・・・」
そのあと彼が何を言ったか、聞かなかった。
パソコンを閉じてしまったから。