バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

9話





それからどうやって家に帰ったか、あまり覚えていない。


時計の針は10時を過ぎていたと思う。


あのあと、営業時間になって、係りの人に追い出されるまで、夜景を見ていた。


至福のひと時だった。




東京タワーという公共の場所で、大勢の人の前で愛の告白をして周りの反応がどうだったかも覚えていない。


駅まで歩くと言ったのだけど、彼は私のためにタクシーを呼んでくれて、運転手にお金を渡していた。

私にここまでしてくれる彼っていったい何なんだろう?

私を好きって言ってくれてすごく嬉しかったけど、ここまで彼の好意に甘えてしまっていいものだろうか?




まるで彼は私を本当のお姫様のように扱ってくれる。


私だって、彼に何かしたい。

してあげたい。


私に何ができる?



タクシーのドアが開いて、後部座席に乗り込みながらも考えた。


考えろ、私!


そうだ、彼にキスするんだ。


彼の唇に。とびっきりのを。


そう思って振り返ると、ドアが閉まってしまった。


「お客さん、どちらまで?」と運転手の声。


窓のガラス越しに彼が手を振っている。


「今日、楽しかったよ、カナ」

「私も!」



そう叫ぶのが精一杯だった。


思いつくのが遅かった!


本当にダメな私。

ていうか、いきなりキスなんてしたら、向うも驚くし、軽い女と思われたらどうすんの!


もしするんなら、そういうのはタクシーに乗り込む前、路上でやらないと。


しかも、彼にマスクを外してと言わないといけない。周りの人だってそれを見ていい気はしないだろう。もし警察官がいたら、注意されるかもしれない。

私の脳内はそんな考えがバトルを繰り広げていて、パンクしそうになっていた。

路上でマスクを外すようなやつは乗車拒否されるかもしれない。


本当にコロナのおかげで住みやすい世の中になったものだ。

まったく、コロナさまさま。


おかげで、私は彼に思い切った行動が取れず、帰宅の途についた。


帰りのタクシーの中で、彼と交わした言葉を頭の中で反復する。


すごく勇気を振り絞った自分に感動する。

私、ホストに告白しちゃったんだ・・・・・・


しかも向こうも好きだって・・・・・・


こんなことってある?


私、夢を見てるんだろうか?


頰をつねってみた。痛かったー。 どうやら夢ではないらしい。

私、気をしっかり持って!


ホストだけど、相手は人間! これが初めての恋って訳でもない。






でも・・・・・・



今まで付き合ってきた男と比べてしまう。


ヤスシはどう? ー 彼はとてもいい人。

電話で今有名な企業に勤めてるって言ってなかった? ー 楓さんだって! ホストっていう立派な仕事を持ってる! 職業差別はよくないよ!

ヤスシは誠実な男。 ー 楓さんだって! まだデート一回しかしたことないけど、誠実だよ!誠実そうだよ!



ヤスシは良い旦那になってくれるよ。そう思わない? ー 思わない!!!




でも、ホストじゃん。 ー ホストだからって何? ホストをバカにするのやめてくれる?


親に紹介できるの?  ー 出来るに決まってるじゃん! 100回でも紹介するわ!






気づいたら、アパートに着いていた。


「お客さん、料金4860円になるんだけど・・・」


運転手さんが後ろを振り返って言った。 何か申し訳なさそうな顔をしている。


「実は・・・一万円預かったんです・・・・・・」


何と心優しい運転手さん、そのままねこばばできたのに、ちゃんと教えてくれるとは。ていうか、彼そんなに渡したんだ!


「あの・・・いらないです。運転手さん、使ってください」


ウソだった。


喉から手が出るほど欲しかった。


でも今夜は気分がよかったから、何か善行をしたかった。たとえ些細なことでも。


「ホントに!? すいません、では、いただきます」

運転手さんは嬉しそうに会釈すると、ドアを開けてくれた。



部屋に戻ると、上着を脱いで、椅子にかける。

ホッと一息をつく。



コーヒーでも淹れよう。


ミーくんを撫でてやる。水を変えてあげないとな。



ふとスマホを見ると、彼からのメッセージが。



「今日は楽しかった。また会いたい。いつ会える?」



なぜ当たり前のことを聞くの? いつでも会えるに決まってるやん!


いや、いつでもは、さすがに無理かと一人ツッコミ。


「じゃあまた土曜の夜はどうですか?」と打ち返す。付き合っているのに、敬語はおかしいけど、何か敬語がしっくりきた。というかいきなりタメ口はきけないよ。



すると、1秒で返事が!


「じゃあ土曜で」


うわー! すごい、またデートだ! 2回目のデートだ!

私はその場で踊り出しそうになった。彼がまた会いたがっていることがわかったのが嬉しかった!


私たちって、付き合ってるんだ!


本当に!


有頂天な気持ちのまま、お風呂ににシャワーを浴びに行った。汗かいちゃったから。


熱いシャワーを浴びながら、少し自分を慰めた。火照った体を休めるために。彼のことを思いながら。



浴室から出て、体をタオルで乾かしていると、気づいた。




彼の本名を聞くの忘れていた・・・・・・!


年齢も!







しおり