第八十五話
酒好きの牧野さんはもう待ちきれないのだろう。
コップの縁を口につけてスタンバっている。
「う、うんそうだな。よしよし、では……乾杯!」
グラスがぶつかり合う音。
「あーっ!」という感嘆の溜息。
「っ……あー……最高だ」
ご多分に洩れず、俺も目を細めて吐息を漏らした。
社長の奢りで打ち上げをしたのは、今回が初めてだ。
今日飲んでいるのは本物のビール。
普段ボロアパートで飲んでいる偽物のビールではない。
豪勢な魚の造りが運ばれてきた。
鯛を一匹丸ごと使った食膳は、社員達の食欲を大いにそそっている。
皿の上で踊っている鯛に箸を付けようとした時、「ウィルソン」と社長に話しかけられた。
「うちがここまでの売上を出せたのも、お前のお蔭だ。
……実は前々から考えていたんだがね、ウィルソンには会社の常務取締役として、これからも頑張ってもらいたい」
「私が……常務? まさか、ご冗談を」
酒の席だからそんなことを言うんだ。
俺は軽く笑ったが、社長の目は真剣だった。
「こんな冗談俺が言うかっ! 明日会社で言おうと思っていたが、やっぱり待ちきれなくて今言うことにしたんだよ。
お前が来てくれてから、業界の隅で小さくまとまっていた会社がここまで成長できたんだ。
まあ……その、何だ。お前と色々言い合いもしたが、会社のことを考えてくれている気持ちは俺にも伝わっている。
給料も今より格段に上がる。……どうだ? 引き受けてくれないか?」