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三章の三 車内で文花情報を提供。

 前回と同様に一華は、自宅近くの公園に公季を呼び出した。
 誰かが見ているわけでもないのに、他人目(ひとめ)を忍んで後部座席に飛び乗る。

「きーちゃんはスターなんだから、もっといい車に乗りなさいよ」
 
 第一声から説教くさい言葉を浴びせた。

「だって、これ、いっちゃんとの思い出が詰まった大事な車だよ」

 公季は、左手で助手席のシートをなでなでしながら、口を尖らせる。
 一華は「分かった、分かった」と軽く小声で頷くと、ホッチキスで止めたA4用紙三枚を、運転席に差し出した。

「それ、蔦文花の現状だから」

 遠慮せずに「蔦文花」の名前を出す。運転席から公季は、固まった表情で一華に振り向く。

「こっちを見てないで、報告書に集中するの!」

 一華は、子供を叱りつけるみたいに前を向かせる。公季は首を(すぼ)めて、こくりこくりと二度、頷いた。


 車内は静まり返った。公季の、用紙を捲る音がよく聞こえる。
 手持無沙汰で外の景色に目がいくと、公園の向こう側のベンチが気になる。背の高い銀杏(いちょう)の木が、すぐその奥にあって、秋頃には足下を、びっしりと黄色い葉が覆い尽くす。
 不覚にも、ベンチ辺りに見入っていた。ハッと気づいて運転席に意識を戻す。

「こんなの、どうやって調べたの?」

 公季は、報告書に目を向けながら、当然の質問をしてくる。

「興信所の類に調べさせたと言えば、納得する?」

 一華は、当然の質問に対しての返答を用意していた。しかし、真に納得させようとは思っていない。

「まあ、それならそれで、いいんだけれど……」

 公季は、無理にでも納得してくれた。一華は、そうやって納得してくれるものと、想定していた。

「なんか、他に質問はある?」

 一華は、再びの沈黙を良しとしなかった。

「質問かあ……」

 あきらかに公季は、困った声を出した。

「だったら、創作意欲は、湧きそう? 湧くでしょう?」

 今度は、無理に納得させようとする。

「そうだなあ……」

 どうも公季は、はっきりとしない。一華は、重ねてごり押しをしようとした。だが、ごり押ししても、できないものはできないのだろうと、思い留まった。

「こうね。絵が浮かんでこないんだよね」

 バックミラーの公季は、誰に説明するわけでもなく、身ぶり手ぶりを交えて、己の頭の中のイメージを表現した。

「絵が浮かんでこないのは、外見の報告が足りないっていう意味?」

 一華は、公季の言葉に敏感になり過ぎていた。

「そうも言えるけどね。ただ、手っ取り早く言うとね……」

 公季は言いにくそうにした。

「なに? なんなのか、言ってみなさいよ」

「男らしくしなさいよ」と一華は尻を叩く。

「うん、まあ、何ていうのかな。写真なんかがあればね、一発なんだけどね」

 公季は「言えって言ったから」と仕方なくを装ってきた。

「なんで、写真が欲しいのよ!」

 一華は、怒り口調で突き上げる。とっさの反応で、一華自身も制御できなかった。

「だってえ……」

 公季は「あなたが言えって言ったんでしょうが」と口を尖らせる。

「じゃあ、写真を用意すればいいのね。他は、何かあるの?」

 気は進まないが、しょうがないとして了承するしかなかった。

「あ、そうそう。できれば、だけど。写真は全身と、顔の正面と横顔と、斜め四十五度の計四枚は欲しいなあと思ってね……」

 抑揚はなかったが、明らかに調子に乗っている。

「なんで、そんな四枚も欲しいのよ!」

 再度一華は、怒り口調で突き上げた。

「だってえ……」

 公季は「そっちのほうが絵が浮かびやすいんだもん」と悄気(しょげ)返る。

「変なことに使うんじゃないでしょうね?」

 一華は、公季を睨んだ。

「変なことって、何を言い出すんだよ……」

 公季は、正面を向いて逃げた。

「はっきり言えばいいの? 言ってあげようか?」

 一華は凄む。

「いっちゃんは女の子なんだから、だめだよ。そんな汚いワードを使ったら……」

 公季は、後部座席側へ向き直してから、歯止めをかけてきた。
 一華は、鼻息を「ふん」と一つ吹いて、気持ちを殺す。

「いいわ。写真四枚ね。他は?」

 一華は、しょうがなく、仕切り直しをした。

「ごめん。全身の後ろ姿が欲しいなあ。できれば、斜め四十五度の全身の姿も」

 公季は、言いにくそうしているが、主張自体は遠慮しなくなっている。

「絶対、変なことに使うよねえ?」

 一華は、強く指摘した。公季は、ぶるぶると首を横に振る。

「ホントに? どうだか……」

 一華は呆れてみせた。

「ねえ。今日は、これからどうするの? なんか食べに行こうよ」

 話題を変えるためか? それとも、予定として考えていたのか?
 一華には、公季の真意が分からなくなっていた。

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