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三章の一 夕飯を共にする。

 公季と会った日から二日後。
 うすい水色の空は、地平線へ下っていくにつれて、白みがかかっている。
 事務所前には、これから搬入される荷物が隅に追いやられており、ラジオ体操第一が騒がしく響き渡っていた。
 一華は、文花を左端に置き、文花の真後ろに次朗を配置する。次朗の後ろには、更に製造部の同僚の木内幸子と西谷浩美を用意した。
 いやらしく、文花を後ろから見てくる奴らに対抗すべく、一華が敷いた布陣だった。
 ただ布陣だけでは物足りないと、一華の睨みが加わる。いやらしい奴らは、そそくさと右へ右へと退いていった。


 今日は、十二時よりも五分ほど早く切り上げ、木内幸子と西谷浩美も加わっての、賑やかな昼休憩になった。

「文花ちゃんは、どこに住んでいるの?」

 幸子が会話の糸口を広げる。

「天白区の――」

 文花は、二口三口で短く返す。

「じゃあ、図書館の近くだね」

 浩美も、ずっと前から仲がよかったかのように振る舞う。
 文花は質問攻めにされた。幸子も浩美も、もともと気のいい人だから、交流の機会があれば、すぐに打ち解ける。
 一華は隅で、文花たち三人の話に耳を傾け、時折、文花に視線を集中させた。

(こいつには、他に何かあるのか?)と外見や外面以外を見い出そうとしていた。

 会話を聞いている限り、特別にユーモアのセンスがあるとは思えなかった。
 性格は、というと、ここずっと話をした限り、嫌な女には思えない。
 トータルでいうと、いたって普通の二十四歳の女で、あまりにも普通過ぎる。
 いや、奥底には、どす黒い面が、きっとあるはずだ。公季を振ったときのあの態度は、木陰から眺めていても、異常過ぎた。絶対に、人の気持ちを汲み取れない、馬鹿で嫌な女であるはずだ。
 一華は、いかんいかんと、小さく首を横に振る。良い面を見つけても、どうしても悪い面で塗り潰そうとしてしまう

「どうしたの?」

 小声で、文花が視線を合わせてくる。一華は、知らず知らずのうちに、文花へ視線を向け過ぎていたようだ。


 製造部へ研修に来ている間は、文花も製造部に組み込まれている。であるから、一華は、文花のスケジュールを把握できた。今日の帰りは、十八時になりそうだ。一華も、十八時あがりに終着点を設定する。
 タイムカードを押す前に、文花と鉢合わせになった。一華は、なりゆきを装って、お茶を誘う。文花からは「いいよ、行こうか」と、笑顔の同意がある。
 お茶だけには留まらなかった。会社の正門を跨ぐか跨らないかぐらいの時分に、夕食でも食っていこうか、という話になる。
 すぐ近くのショッピング・センター内には、沢山のテナントが入っている。一華は、一階にある《とんかつ新宿さぼてん》を選んだ。
 二階のフード・コーナーみたいな、時として、脇で子供が走り回るような場所は、文花が嫌がるだろうと考えた。一華の気遣いが功を奏したのか、文花からは「そこでいいよ」と、即答を得られた。


「私、お腹が減っているんだよね」

 テーブル席に着くと、文花が先にメニュー表を取る。店員が来ると、文花はすぐに「健美豚ロースカツ定食」をオーダーした。一華は「じゃあ、同じもので」と、ほとんどメニュー表も見ずに合わせた。

「うちの会社は、いい人ばかりだね」

 妙に文花は、にこやかにした。恐らく、注文した料理が楽しみなのだろう。

「まあね……」

 一華は返答に困る。「今はね」と、口を滑らせてやろうかと、一瞬だが、よぎった。
 その後、すぐに文花から、木内幸子評、西谷浩美評を聞かされた。仕草が可愛いね、とか、面白い子ね、という、誰が聞いても嫌な気分にならない、当たり障りのない話をする。
 一華は(まだ、作っているな)と、都度都度隙をついては横を向き、眉を(しか)めた。
 注文した料理は、それほど時間が掛からなかった。オーダーを取った店員が、料理も持ってくる。
 まず文花の前に並び、次に一華の前に料理が来た。料理をまじまじと見て、こうしたガッツリな物を食べる文花に違和感を覚える。

「こういった店には、よく入るの?」

 がっついている文花を見ながらの質問になった。

「ここは初めてだけど、前に一度、知立の店舗には入ったよ。ここのキャベツいっぱいが面白いでしょ」

 口をもぐもぐさせる姿は、子供っぽい。だが、男の目線から見れば、これも可愛いのだろう。

「他には、どういった店に入るの?」

 流れとして、聞いた。

「どこにでも入るよ。食べるの大好きだし、一時期、食べ歩きが趣味みたいなところもあったしね」

 気取らずに、スリムな体で抜かしてくる。一華は(ケッ、本当かよ)と、心の中で笑う。

「好物って、あるの?」

 引き続き、流れとして聞く。

「お肉が好きだよ。牛、豚、鳥、馬、鯨、鰐、なんでもだよ」

 質問すればするほど、イメージが狂ってくる。月並みな、好きな食べ物は「ミルフィーユ」ぐらいが、ちょうどよかった。

「特に、レバー全般が、大の好物でね」

 どうせなら、貧血で、くらっとしそうなぐらいがちょうどいいのに、それもなさそうだった。

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