ブチギレ!
結局、クラットチーズさんの香料はすべて廃棄ということになって、三田さんは直接謝罪しに向かった。
これで他の案件にも影響がでなければ良いがと心配になる。加藤さんは席に戻ってきたら、お気に入りの取引先と長電話をして笑っている。
夕方には三田さんから連絡があり、なんとか先方は許してくれたがもちろん損失補填という形になった。算定金額は商品価格と航空運賃等諸々で約五十万円となった。
「おいおい、ニオイでこれって、ボッてるんじゃないの?」
加藤さんがヘラヘラと言う。そこには面の皮をわざと厚くして、『まったく私の責任じゃありませんよ』という空気を今の内から作っておく戦略的意図さえ感じられた。
こういうことには、この人は長けているのだ。
会社に損失を出したのだから、当然報告書を出さなければならない。
どうするんですか?と聞くよりも速く、三田さんや三田さんの上司に向けて加藤さんはメールを作成していた。CCで私や佐々木くん、関係する部署、上長すべてに送付していた。
私は他の仕事もあるから、それを処理している間の出来事だった。
内容は『当課における報連相の基本的なミスにより起こったことです。今後は報連相の大切さを周知徹底させることにより事故を防ぎます』という通り一遍のことが書かれ、最後に『なお、本件は山田が窓口となり、今後責任を以って対応に当たらせます』とあった。
佐々木くんがメールを見て、横目で私を見ている。開いた口が塞がらないといった感じだ。
私も同感だったが、開いた口が塞がらないで止まっていては、いいようにされてしまう。
私は立ち上がった。足は、震えていた。
加藤さんの席の前に行った。加藤さんは、こちらに明らかに気づいているが、こちらを見なかった。今は電話もしていない。取っ掛かりがない感じがしたが、それでも私は声を掛けた。
「あの・・・」
「何?」
またウザそうな目で、最小限の言葉しか話そうとしない。その態度に、私はつま先から脳天まで血が逆流して、クラクラするような感覚を覚えた。
「メール、見ました」怒りで声が震えそうになるのを、必死に抑制しながら話した。「あれは、私のミスで、今回の事故が起きた、ということですか?」
加藤さんは目を逸らして、「いや、そんなことは書いてないでしょ。当課全員の責任だって書いてあるじゃん」と言う。
「佐々木くんもですか?」
「あ~、まぁ、総合的俯瞰的に見ればそういうことになるな」
佐々木くんが小声で「そんな政治家みたいな」と言うのが聞こえた。
「でも、この書き方だと、まるで私の責任みたいに見えますよね?私が窓口になって、責任を持つって書いてあるんだから。私がミスしたみたいですよね」
声の震えが、抑えきれなくなってきた。涙が出そうになる。
「あ~、大人なんだから、感情的にならないでよ」
加藤さんは心底ウザそうに言った。
誰が感情的にさせてるんだ。お前にウザそうにされる謂れなんてあるのか。
頭の芯から熱を持ってくる怒りのせいで、涙が一筋流れてしまった。鼻水も出そうになる。
加藤さんはそれを見て、ボックスティッシュを差し出した。手を伸ばそうとしたその時「あーあ、これだから女と一緒に働きたくないんだよなぁ」とぼやいた。
私は伸ばした手を止めた。
抑えていたものが一気に決壊する音を体の中で聞き、涙を流したまま言った。
「ふざけんなよテメェ、ぶっ殺すぞ!」
加藤さんの机を蹴った。机がズレる。加藤さんはいつかの私みたいに体を浮かせて、心底びっくりした顔をしていた。
けれど、私は芝居臭く伸びなんてできないし、したくない。
そのまま振り向いて、佐々木くんの顔も見ないで「早退するから」とだけ伝えて、カバンを持って帰った。佐々木くんの小さな「はい」という声が背中に聞こえた。