第十六話
「……実は、私もあなたのことを探していました。それに、謝るのは私のほうです。…………お詫びと言ってはなんですが、どこかで食事でも?」
「あ、いいえ! 私がお詫びをしたいと思っていたので……っ。でもまさか今日会えるなんて思っていなかったので、その……」
消え入りそうな声で下を向いて話す彼女がいじらしい。
「ふむ……でも、そうですね…………今日はもう遅いですから、良ければ明日の土曜日はいかがですか? 私もあなたとお話ししたいのですが」
本当は今すぐにでもじっくり話を聞きたいところだが、こんな時間から女性を連れまわそうとする男だと思われれば、警戒してまた逃げられるかもしれない。
俺は安心してもらえるよう、宥めるような声で言った。
彼女は唇をきゅっと結んで、こくりと頷く。
「なら良かったです。では今週土曜日の11時頃、東京駅前の噴水広場で待ち合わせしてもかまいませんか?」
「はい! あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「申し遅れました。私、ルーク・ウィルソンと申します。あなたのお名前も伺って宜しいですか?」
「ワカです……」
ワカという苗字は、日本人の中で少ない方ではないだろうか。
ワカと言われて直ぐに思い浮かんだのが和歌山県の『和歌』だ。
確認すると、「そうだ」と小さく頷く彼女。
なんて奥ゆかしい女性だろう。
多くを語らぬ彼女は、見えない神秘のベールに包まれている。
早く素顔を暴いてみたい。
「……では、ウィルソンさん。明日はよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
「それでは」と、彼女は駅と反対方面の道を歩いて行った。
俺は顔を綻ばせたまま、彼女が見えなくなるまでずっと後ろ姿を見つめていた。