第八話
深緑の木々が夕焼け色に染まる頃。
仕事帰りの俺は、一服した後いつものように電車までの道のりを急ぎ足で歩いていた。
「フン! あの能無しめ! 一人辞めたから何だと言うんだ」
殺気立つ男の舌打ちに、通りすがりの女子高生が肩をびくつかせた。
今日も今日でダメ出しをしていると、この間から撮影を何度も取り直ししているAV女優の一人が、遂に来なくなってしまったのだ。
連絡しても「もう私には無理です」の一点張りで、どんなに優しく声をかけても頷こうとしない。
代役を立ててなんとか撮影は終わったが、そのことで社長から呼び出しを受けた。
「適当に流せばいい、質より量だ。あまりこだわるな」と叱責を受けたのだが、その方針には勿論納得がいかない。
社長と口論になった末、「これ以上は人事評価に影響する」とまで言われてしまい、頭にきて「どうぞご勝手に」と言い返してしまった。
長期的なビジョンもなくただ動画を制作するのであれば、その辺の大学生をアルバイトで雇えばいい話だ。
この会社に俺は必要ない。
怒りが収まらず、更に歩調が速くなる。
「きゃあ!」
「——っ!」
思わぬ衝撃に一瞬視界がチカっと光り、盛大に尻もちをついてしまった。
今日は厄日か?
視線を地面から浮上させると、俺はどうやら女とぶつかったらしい。
まだ痛む腰をさすりながら、よろよろと女の方へ近づく。
格好悪いのは嫌だから、腰痛を我慢してスマートに片腕を差し出した。
「……すみません。お怪我はありませんか?」