第九話
黒を基調とした着物に身を包んだ女がゆっくりと顔を上げる。
今時黒の着物とは。
もしやこいつ、極道の女では?
それが本当なら、俺の社会的生命だけにとどまらず、文字通り人生が終了してしまう。
頭の中で最悪の結末が流れ始める。
仕事を失った俺はドラム缶へコンクリート漬けにされ、そのまま東京湾へ沈められていく。
いや、こんなネガティブな思考をするなど、全く俺らしくない。
ここは落ち着いて、まずは彼女に誠心誠意謝るのが先決だろう。
「あのー……っ!」
透明感のある双眸がこちらを捉えた瞬間、練り上げた作戦が一気に瓦解していった。
艶やかな黒髪は肩までのストレートヘアで、目の上で切り揃えられた前髪が美しい瞳をより一層引き立てている。
血色の良い唇は、口紅を塗られているわけでもないのに、熟れた苺のように光っていた。
俺以外の全ての時が止まり、速くなっていく鼓動が耳元で五月蠅く騒ぐ。
体中の細胞が活性化したようなこの感覚は一体……。