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6.他に誰かこの家に来てるのでは?




 かと言って、南さんに頼まれ、手当ても貰って、材料もカボチャのプリンも買った状態で投げ出すわけにもいかず、私はもう半ばどうとでもなれと開き直った。

 そもそも、私は巻き込まれただけだし?
 橙我が曲を仕上げられなかったとしても、私には関係ないし?
 今日だけって話だし?
 ご飯作ってある程度曲作りを促せば、任務は完了。
 それどころか、昨日のうちに橙我が頑張ってくれたおかげで時間はそんなにかかりそうにないし。

 断り切れずに、馬鹿みたいに元カレのもとに足を運んだ私はさっさと退散しますよっ!

 やさぐれながら、橙我に許可を得てカボチャのプリンを冷蔵庫に入れた。
 あとは約束のから揚げをつくって、ご飯と付け合わせがあれば十分でしょう。

 さっそく料理を開始すべく、持参のエプロンをつけてキッチンに立った。

 驚いたことに、ここのキッチン、調味料類が充実しているのだ。
 しかも新品とかではなくて、ちゃんと使い込んでいる。

 ……もしかして、橙我、自炊しているのかな?
 付き合っていたとき、まったくしてなかったのに。
 ある日突然自炊に目覚めた?

 あ、違う。
 そっか。
 ご飯を作りに来てくれる人がいるんだ。
 しかも頻繁に。

 ……彼女、かな?

 そう考えたらむかむかしてきた。
 本当に、本当に!
 私が呼び出された意味が分からない!

 ご飯ならその人に作ってもらえばいいのに。
 曲作りが進まないなら、その人に手伝ってもらえばいいのに。
 これじゃあ、私、南さんのお節介で無駄に料理を作りに来た人じゃない?
 昔の思い出に浸って感傷的になって、変に期待しただけの人だ。

 この苛立ちを、米とぎにぶつけた。
 ガツガツと米を研ぎいで、如何ともしがたい惨めな気持ちを解消したかったのだ。
 炊飯器に入れて炊飯ボタンを押して、次にネギのみじん切りだ。
 それも苛立ちをぶつけるがごとく、でき得る限り細かく刻む。

 どうせ、橙我も早く帰れって思ってるんでしょう?
 そう思ってそちらをちらりと見たら、ばっちり目が合った。
 どうやた、あちらも私の方を見ていたらしい。

「まだできないから、部屋で曲作りなり寝るなりしてていいよ」
「いや、ここにいる。……久しぶりに詩子が料理しているところ、見たい」

 何、それ。
 そんなもの見たって何も面白いものでもないだろうに。

 それでも橙我はここにいたいのだと言わんばかりにソファーに座って、こちらを見ている。
 まるで面白いものを見るかのような目で。

 ときおり懐かしそうに目を細めるので、ドキリとする。
 そんな顔をされてしまうと、心をかき乱されてしまうからやめてほしい。
 変な気持ちになるし、もしかしてと思ってしまう。

 それで実は彼女がいますとか言われた日には、私は泣くかもしれない。
 そりゃあ、別れを切り出したのは私だけど、それでも配慮というものがほしいものだ。

 期待をさせない配慮みたいなものが。

 自衛のために料理に集中し、極力橙我の方を見ないようにした。
 彼はずっと私を見ているようだけど。

 鶏肉を食べやすい大きさに切って、タレに漬けて一旦冷蔵庫に。
 上からかけるネギ塩たれも材料を混ぜ合わせたら、冷蔵庫に入れた。

 味が染みむのを待つ間に、付け合わせのサラダとお味噌汁を作る。
 橙我は和食が好きで、特に食卓にお味噌汁があると喜ぶ。
 具材は野菜がゴロゴロ入っているのが好みで、カボチャとキャベツ、玉ねぎを入れてお味噌汁にした。

 あとは唐揚げを揚げて、タレをかけて。
 さらに盛りつければ完成。
 壁掛けの時計を見ると、十二時を少し過ぎたくらい。
 お昼ご飯にはちょうどいい時間だけど……と、改めて橙我に目を向けると、彼は飽きもせず私を見ていた。
 ……もしかして、作っているところをずっと見られていたのだろうか。
 そう思うと、恥ずかしくてしょうがなかった。

「できた?」
「うん」

 橙我が私の視線に気付いて聞いてくる。
 私がテーブルの方に料理を持って行こうとすると、その前に橙我がこちらにやってきて、自ら料理を運んでくれた。
 
「何飲む?」
「麦茶で」

 ランチョンマットや箸を出してくれた彼は、最後に飲み物を用意してくれた。
 私には麦茶を、自分にはミネラルウォーターを。
 すべてが準備できたあとに、二人でダイニングテーブルに向かい合った。

「いただきます」
「いただきます」

 心なしか、橙我が嬉しそうだ。
 大好物を目の前にして、目を輝かせている子どものみたい。
 付き合っているときも、ときどきこんな顔をしていたな。
 でも、昔もここまで喜んでいたかと言われれば、この喜びようは異常だ。

 ここのキッチンで料理を誰かに作ってもらっているくせに。
 もしかして、その人には好物を作ってもらっていないのかな?

 なんて、いろんな推測をしながら、橙我が食べる様子を見ていた。

 大きな口にあっという間に消えていく唐揚げ。

「おいしい」

 そう感動するかのようにぽつりと漏らしたあと、またガツガツ食べ始めた。
 取り分けた分があっという間になくなりそうで、多めに作っておいてよかったとホッとする。
 本当は夜ご飯にでも食べてもらおうかと思ったが、この勢いだと残りそうにないな。

「サラダとお味噌汁も食べてね」

 私がそう付け加えると、思い出したかのようにお味噌汁に手を伸ばす。
 これも実に美味しそうに食べるので、私まで嬉しくなってきた。

 これぞ作ったかいがあったというものだ。

 私もぼちぼち食べ始めると、自慢じゃないが美味しかった。
 ネギ塩たれもいい塩梅で、唐揚げもカリッと音が鳴るくらいに上手に揚がっている。
 節約のために極力自炊をするようにはしているけど、私、腕が上がってきているんじゃないだろうか。


 そう自画自賛しながら、私もこの食事を楽しんだ。


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