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 店頭待機の日、ちょうどお客さまがいない合間を縫って、私は本田と店内のディスプレイをちょこちょこといじっていた。

「いっそのこと掃き掃除で集めたのを全部、ここに持ってくればいいんじゃない?」

 苦々しく呟く本田に私は苦笑いする。店内の展示車の周りや、商談用のテーブルなどにイチョウの葉などを飾って季節感を醸し出している最中だった。もちろんすべて作り物だけれど。

 本物の葉っぱは、外に並んだ木から大量に出ているのに、それはすべてゴミとして集められている。

 開店前に店回りの掃除を担当する総務部の本田にとっては、掃いても掃いても終わりを見せない色とりどりの葉っぱたちは、憎々しいものなんだろうな。

 ディスプレイ用の袋に詰められ、同じ形をした葉っぱの中から、本田が赤い紅葉を手に取った。

「でも、紅葉を少し混ぜるのは正解だね。全部紅葉にすると色がきついけれど、こうしてイチョウの中に入れるといいアクセントになるし」

「うん。色合いが濃いから、どうかなと思ったんだけれど、少しならいいでしょ?」

 提案者である私が同意を求める。イチョウの葉をメインに秋の雰囲気を出しながら、そこに紅葉を取り入れることにしてみた。

 もちろんそれは、山田くんにもらったあの紅葉がすごく綺麗で印象に残ったというのがきっかけなんだけれど。でも、それを彼には伝えてはいない。

 本田に押さえてもらって、両面テープで葉っぱを固定しているところで、そういえばさ、と彼女が躊躇いがちに話しかけてきた。

「自動車学校の件、聞いた。書類の担当者の名前が変わってたから」

「そっか」

 短く返し、手先を休めずにテープを丁寧に張りつけていく。

「私がなにを言ったところで、あんたは大丈夫だって言うんだろうから、下手なことは言わないけれど。今回の件、市子は悪くないんだからね」

「それ部長にも言われた」

「へぇ。それで少し浮上してんの?」

「え?」

 思わぬ切り返しに、テープを引っ張っていた私は、切る前に顔を上げてしまった。おかげで、思ったよりも長いテープができあがる。すると本田は、なにかを窺うように私の顔に改めて視線を寄越してきた。

「思ったより落ち込んでない、というかすっきりした顔してるから。部長に慰めてもらったなら私の出る幕なしか」

「そんなんじゃないよ」

 わざとらしくおどける本田に私は静かに否定する。完全に、というと語弊がある。けれど、自動車学校の件ではもう大分気持ちは前を向けていた。

 坂下にも本心で、あとはよろしくと言って引継ぎを行うことができた。それはきっと部長のおかげではなくて――

「いらっしゃいませ」

 受付からの声を受けて私も本田も視線を正す。そして、すぐさま入口の方に体を向けて、やってきたお客さまに頭を下げた。

 ブラウンのボブカットに、意志の強そうな瞳が印象的な女性が店内をキョロキョロ見回していた。年は私と同じで二十代半ばか後半くらいか。

「いらっしゃいませ、ご用件をお伺いします」

 いつものように話しかけると、女性はこちらを向いた。

「あの、ここに山田一悟っていますか?」

「山田ですか? 少々お待ちください。とりあえず、こちらへ」

 私から交代し本田が一番近くの席に彼女を案内し、飲み物のメニューを差し出す。山田くんの名前が出たことに少し虚を衝かれたが、それを顔には出さず、すかさずインカムで呼びかける。

 たしか彼は、裏で事務処理をしていた。

 どういう知り合いだろう。わざわざ名指しで、さらにフルネームを呼び捨てということは、それなりに親しいのかな。

 そんな疑問が湧き起こる中、ほどなくして山田くんは現れた。

「あれ? はるか!?」

「おー。久しぶり、一悟。ちゃんと働いてるじゃない」

 コーヒーのカップに口つけていた彼女が、彼の姿を見てにこやかに手を振った。そして まさかのお互いの呼び捨てに、フロア内が一瞬だけざわついた、気がする。

 ちらりと受付に視線を投げかけると、西野さんの顔がわずかに強張っている。その隣で本田が好奇心いっぱいの表情だ。分かりやすすぎる。

 平日の午後、店内にほかにお客さまがいない状況で、色々な意味で山田くんと彼女は注目を浴びていた。

「どうしたんだよ、わざわざ職場まで来て……」

「どうしたって見に来たのよ……車を。ついでに一悟の働きぶりもチェックしようと思って」

「余計なお世話だって」

 嫌そうに告げる彼の姿はなんだか自然で、新鮮だった。敬語ではないのもそれに拍車をかける。そのとき、彼が私の方をわざわざ向いたので、勝手に心臓が鳴った。

「御手洗さん、少しかまいませんか?」

「なに?」

 ふたりのテーブルに一歩近づくたびに鼓動が速くなって、それを落ち着かせようと私は必死だった。

「彼女は俺の従姉なんです。こちら、いつもお世話になっている御手洗市子さん」

 従姉という単語を咀嚼する前に、紹介された彼女に反射的に頭を下げる。

「初めまして、御手洗と申します」

「初めまして、松村(まつむら)はるかです。いつも一悟がお世話になっています」

 話を振られ、彼女はにこりと笑った。最初はどこかクールな雰囲気だったけれど、笑うとすごく可愛らしい。改めて名刺を取り出すと、松村さんは慣れた感じで丁寧に受け取ってくれた。

「この子、ちゃんと働けてますか? ご迷惑をかけていません?」

「そういうの本当にやめて」

 新底嫌そうな声を山田くんがあげたが、松村さんはものともしなかった。

「なんで? いいじゃない。えーっと五年くらい前? 一悟が家出したとき、かくまってあげたのに」

「家出?」

 入るつもりはなかったのに、私はつい口を挟んでしまった。しかし松村さんは気にする素振りもなくコーヒーのカップを持ったまま大きく頷く。

「そうなんです。この子、いきなり現れたかと思えば、書置きだけ残して帰国した、なんて言うものだから、もうびっくりで。しばらくうちに泊めたんですけれど」

「はるか」

 そこで山田くんが話を制するかのように彼女の名前を呼んだ。

「で、車ってどんなのが欲しいの? 説明するから希望を出してくれない?」

 お客さまに対する言い方とは思えないけれど、彼女が従姉なら、私が口出すことはないだろう。これ以上、ここにいるのも気が引けて私は軽く頭を下げた。

「せっかくですから、ゆっくりご覧になってくださいね。山田くん、優秀ですよ。気になる点は彼に訊いてください」

 失礼します、と言ってその場をあとにする。彼女の担当はあのまま彼でいいだろう。それにしても、従姉なんだからしょうがないとはいえ、親しそうにしている彼は、なんだか知らない人みたいに思えた。

 従姉と職場の先輩という関係ならその近さだって断然違うのに。どうしてこんなに寂しさにも似た気持ちになるんだろう。

 一度、裏へ下がろうと思ったところで、受付から本田に小さく手招きされる。なにを訊かれるのかは明白すぎて私は小さく肩を落とした。

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