01
明日は休みなのもあって少し詰め込みすぎた。基本的に火曜日が休みで、忙しさなどに応じて月曜日も休みになる。
あとは営業の場合、自分でスケジュールを調整して休むしかない。なんたってお客さまありきなので、決められた通りにはいかないのだ。
今日は久々に山田くんと家でご飯を食べる約束をして、準備もしている。いつものように『鍋食べたいですよね』なんて同意を求められる形で彼から提案してきた。
もうスーパーでもすっかり鍋関連のものが売り出される季節になった。しかし彼にとっての鍋はすき焼きらしく、ここは素直に私が作ると申し出る。
作る、というほどのものでもないけれど。今は鍋の素も色々発売されて、簡単に味付けもできるし。
個人的に締めの雑炊は欠かせない。その旨を告げると『はいはい』と彼は笑顔で返してきた。
そして昼休み、外から戻ってみれば、なにやら男女数名がわいわいと盛り上がっていた。その中に山田くんもいて、どうやら同期で集まっているのだとすぐに悟る。
集団の中にいても、いや、いるからかこそすぐに分かる。やっぱり彼は一際目を引く存在だな。
「御手洗さん」
名前を呼ばれ、私は一瞬だけ顔をしかめる。相変わらず目敏いというか、せっかく盛り上がっているのに、こちらに気づいた彼が、わざわざ寄って来た。
それを皮切りに、他の同期達も次々にお疲れさまです、と声をかけてきた。そして、すぐに山田くんを除いて話を再開させる。
「どうしたの?」
会社という気まずさもあり、さっさと用件を聞こうとする。すると彼はいきなりポケットから財布を取り出して、あるものを私に差し出してきた。
高級そうな長財布からなにが出てくるのかと思えば、それはあまりにも意外なものだった。
「これ。さっき外回りに行っているときに見つけて。すごく綺麗で、御手洗さんにも見せてあげたいなって思ったんです」
得意げな表情で渡されたのは、燃えるように真っ赤に色づいた小さな紅葉だった。汚れひとつなく、皺もない。
作り物にさえ思えたけれど、本物のようだ。反射的に受け取りまじまじと紅葉を見つめ、私はつい吹き出してしまった。
「え、なんで笑います!?」
「だって、小さな子どもみたい」
笑い声を必死に抑える。紅葉の綺麗さに感動する、そこまではいい。けれど、そこからいい大人の男が、落ちている綺麗な紅葉を拾って、そっと財布にしまっているのを想像すると、おかしくてたまらない。
けれど、山田くんはそれが不格好にならず、なんだかしっくりきてしまうのだから彼はやはりすごい。
「すみません、お気に召しませんでした?」
「ううん、ありがとう」
これは、私だけになのかな。それとも、他にも誰かにあげたの? そんなことを無意識に気にしてしまう自分に戸惑う。
そのとき、山田くん、と私たちの間に呼びかける声が割って入った。声の主は西野さんだった。
「あの、今日よかったらみんなでご飯に行こう、って話してるんだけれど、山田くんはどうかな? 来れる?」
期待を浮かべて彼に問いかける西野さんに、私はどうにも気まずい気持ちになる。そして彼は躊躇いもなく、今日はちょっと……と断りの文句を口にしようとしていた。
「参加して来たら?」
私が口を出すべきことじゃない。でも、彼の言葉を中断させて今度は私が割って入った。
「今、少し仕事も落ち着いてるし、山田くんもたまには、先輩には言えない愚痴とかを同期に聞いてもらったら?」
「行こうよ。山田くんが来てくれたらみんな嬉しいし」
私の発言に西野さんが乗っかる。『みんな』って便利な言葉だ。
それでも、西野さんは彼に想いを寄せて、成就させようと行動している。私みたいな曖昧な関係でそばにいる人間はなにも言えない。
「でも」
こちらを窺いながら、まだ迷っている山田くんに、私は畳みかけた。
「もちろん、どうしても外せない用事があるなら無理は言わないけれど……。でも“優先順位を間違えたらだめだよ”」
迫力ある笑顔で告げると、彼は渋々と言った感じで西野さんに参加する旨を伝えた。私は踵を返して、さらに詳しい話を続ける二人から逃げるかのごとく距離を取る。
これでいい。この前、彼が甘えたり、弱音を吐ける人が見つかるようにって願ったばかりなんだから。それに、やっぱり同期が仲良く、一緒に飲みに行ける関係なら、それはいいことだし。
お互いに愚痴ったり励まし合って仕事に精を出してくれるのなら、その席で会社や先輩に対しての不満が飛び交っているのも暗黙の了解だ。
私と鍋をすることと、どちらが彼にとって大切で必要なことかなんて火を見るよりも明らかでしょ。
午後はデスクワークメインで、溜まっていた書類を一気に片付けた。彼との鍋がなくなったので、夕飯はどうしようか、そんな考えが浮かんだとき、不機嫌そうに名前を呼ばれた。
「御手洗」
「なに?」
呼んだ相手は坂下で、お礼にこちらも思いっきり眉を寄せて返してやる。けれど、
「部長が呼んでるらしいから、第二小会議室に行くぞ」
「あ、うん」
いつもなら、嫌味か、からかいのひとつやふたつ飛んできそうなのに、今日はそのどれもがない。端的に用件を告げられ、拍子抜けしながらも私は慌てて立ち上がった。
なんだろう、悪いことをした覚えはないけれど、嫌な胸騒ぎがなにかを知らせている。
直感で、これから聞く話はあまりいいものではないと思った。なにより、いつもなら部長のデスクに向かうところが、今は小会議室に呼ばれている。
坂下がなにも言わないのが怖い。無言で彼の後に続きながら、用意した鍋の材料はどうしようか、と現実逃避に考えを巡らせた。