第88話 10年前―― ジャファルの回想1
ローゼマリアの悪役令嬢としての運命が変わったのは、十年前ジャファルと出会っているからに違いない。
それでジャファルに直接訊いてみようと思ったわけだが、彼は果たして教えてくれるだろうか?
「はは……やはり私との出会いを忘れているか」
「すみません……」
すまなさそうな顔で身を縮めるローゼマリアの頭を、ジャファルが優しく撫でる。
それから、クルクルとした縦ロールの金髪に指を絡めると、そっと自分の唇に寄せた。
「謝る必要はない。あなたはあのとき幼かった」
ローゼマリアはどうしても、彼との出会いを思い出したかった。
彼の腕を捕まえると、すがりつくようにしてお願いをする。
「教えていただけますか? わたくしたちの、最初の出会いのことを」
彼は優しい笑みを浮かべて頷いた。
「わかった。私の思い出すべてを語ろう。それであなたが、少しでも私のことを思いだしてくれるといいのだが」
そう言うとジャファルは、少しずつ十年前のことを話し始めた。
§§§
十年前――
先王である兄を病気で亡くしたジャファルに、突然王位継承権が回ってきた。
ジャファルは自分が王位を継ぐとは考えていなかったので、これまで自由奔放に生きてきた。
自ら軍隊に志願して地方遠征に赴いたり、好き放題に世界各国を漫遊したり。
そんなジャファルをいつも庇ってくれた優しい兄。彼の意志を継ぎ、シーラーン国王として冠を頂いたまではよかったが、あまりうまく政治を行えなかった。
帝王学を学んでいないことにより、側近や臣下から信用されなかったのである。
それでミストリア国立大学に、留学という名目で帝王学を学びに赴いたのだが――
ジャファルは、後進国の無知な若造として、教授陣から舐められてしまう。
ミストリア王国が主催するパーティでも、ジャファルはいい扱いをされなかった。
「おやおや、どちらの国からこられたのですかな? シーラーン王国? 聞いたことありませんなあ」
「ほら、あれですよ。国土の半分以上が砂漠という国があるじゃないですか。なんでも国力も低く、貧しいらしいですよ」
当時のシーラーン王国は、まだダイヤモンド鉱山もエネルギー油田も開発されておらず、砂漠の中にある質素な国だったのである。
外交上、出なければいけないパーティや社交界に、ジャファルは苛立っていた。
そんな時間があれば少しでも帝王学を学びたいというのに、出席したら出席したで砂漠の貧乏国と馬鹿にされる。
「兄さんは、こんな根性の腐った連中とやり合っていたのか。私が国を留守にしている間に……」