第87話 大円満まであと少し
ジャファルがラムジに後始末を指示すると、そっとローゼマリアの肩に大きな手を置いた。
「ローゼマリア。疲れただろう。私の部屋で休むといい」
「ジャファルさま……」
ダークブラウンの優しさを帯びた瞳が、ローゼマリアをじっと見つめてきた。
(ジャファルさまに見守られていたから、アリスに負けず心を保つことができたのよ)
ローザマリアは、そっと彼の胸に寄り添うと、小さい声で呟いた。
「愛しておりますわ。わたくしのジャファルさま」
するとジャファルの手に力が籠もり、ローゼマリアの華奢な身体を強く抱きしめてきた。
ともすれば骨が軋むほど、きつく抱かれているというのに。
気持ちよくて意識がどうにかなってしまいそう。
この幸せを掴むことができたのは、ローゼマリアが悪役令嬢という重い枷を打ち砕くことができたからだ。
すべては超弩級の攻略キャラ、ジャファルのおかげだと、ローゼマリアは心の底から感謝した――
ローゼマリアは、ジャファルの私室へと案内された。
豪奢な宮殿ではあるが、彼の部屋はどちらかというと質実剛健、簡素で実用的と言えた。
部屋の中央には四柱式のベッドが置かれてあり、天蓋からはオリエンタルな柄のカーテンが幾重にも流れていた。
絨毯は彼らしく、鷹の模様を織り込んだ精緻なデザインである。
壁にそって本棚が並べられており、たくさんの本が並んでいた。
最奥にはアーチ型の窓があり、周囲をモザイクガラスで彩っている。
ジャファルに手を引かれ、大きなベッドに並んで腰をかけた。
ベッドサイドのテーブルに置かれているモザイクランタンが、七色のゆらゆらとした灯火を放ち、周囲をゆるやかに照らす。
「落ち着いたか?」
ジャファルがローゼマリアの手を握り、優しく問いかけてくる。
「はい。ありがとうございます。ジャファルさま、本当に……いくら感謝しても足りないほどです」
「すべては愛しい妻のためにやったこと。感謝も必要ないし礼もいらん。できるならば……」
「できるなら?」
ふと顔を上げると、柔らかな頬に彼の形のいい唇がちゅっと当たる。
「愛していると、言ってくれればそれでいい。先ほどのようにな」
頬をピンク色に染め、ローゼマリアは照れくさくてもじもじとしてしまう。
先ほどというのは、アリスを撃退し一安心したときに、つい漏らしてしまったひとことだろう。
ローゼマリアは、優しく微笑むジャファルに問いかけてみた。
「教えていただきたいことがあるのです。十年前、わたくしとジャファルさまは、どこでエンカウント……いえ、出会ったのでしょう? ずっと思い出そうとしているのですが、どうしても無理なのです」