第86話 さようなら 婚約者だったひと…
「わたくしは、悪役令嬢という運命の鎖を断ち切った。ヒロインであるあなたに、これ以上影響されることはないわ。さようなら。アリス」
「ぐぅぅぅぅっ……そんなぁっ……! な、なによ、あんたたち、私に気安く触んないでよ!」
十人のフォーチュンナイトがアリスを取り巻いた。
大人しくさせようと、手に持つ道具で口を塞ぎ、手首を縛る。
「うぐっ……ぐががっ……ふぁ、ふぁなせっ! ぁがぁっ……!」
「アリス。大人しくするんだ。これ以上嫌いにさせないでくれ」
憐憫に満ちた目をするユージンに、声にならない声でアリスがわめき立てる。
しかし、猿ぐつわをされ、両手首を縛られると、アリスはフォーチュンナイトの手によって貴賓室から引きずり出された。
いつの間にか姿を消していた宰相も、ラムジが素早く捕えて、縄で縛り上げた。
ミストリア王国に更迭し、すぐさま裁判にかけるとユージンが約束してくれた。
ユージンが、ローゼマリアとジャファル、そして両親に向かって、深々と頭を下げる。
「迷惑をおかけしたことを、真摯にお詫びする。どうか謝罪を受け入れていただきたい。ミットフォート公爵家の爵位と領地の取り戻しに、どうか尽力させてくれ。どうか……」
ローゼマリアも両親も、これまでの苦難を考えると、すぐには許すと返せなかった。
「その件については、後日ゆっくりとお話しましょう。その頃には、私も妻も、ローゼマリアも気持ちが落ち着いていると思いますので」
ブレンダンがそう口にすると、ユージンが安堵した表情をした。
それからローゼマリアに対し、実直な瞳を向けてくる。
「許してくれ。ローゼマリア。今でなくてもいい。いつか愚盲だった私を、その寛大な心で許してくれ。そして、もう一度……私の婚約者になってくれるというのなら……」
ユージンがそこまで口にしたところで、ローゼマリアは彼の言葉を遮った。
「これまでのことは、水に流すとお約束しますわ。だってわたくしは、シーラーン王国の国王ジャファルの妻ローゼ・アルマド・ラ・シーラーンですもの。そのような小さなことにこだわってはいられませんのよ」
そう啖呵を切ると、ユージンがショックを受けた顔をした。
「そうか……わかった。私の言葉は忘れてくれ」
陰りを帯びた顔のユージンに、ローゼマリアは心の中だけでお別れを告げる。
(さようなら。婚約者だったひと。さようなら。ユージン王太子。いつか笑ってお会いできると信じておりますわ……)
「君の幸せを、永遠に祈っている」
最後にもう一礼し、ユージンはフォーチュンナイトとともに去っていった。