第64話 危機一髪! 愛しい夫の登場です
だが当然のように、助け手は現われないし、バザールからも誰もきてくれない。
モブ盗賊がゲラゲラ笑おうとも、バザールで働くひとたちがなんの興味を持たなくとも。
近くにジャファルがいなくとも――
ローゼマリアは力の限りを尽くし、運命を変えてきた男の名を呼ぶ。
「ジャファルさま! 今すぐ、わたくしのそばにきなさい! 妻を危険な目にさらすなんて、夫としてふがいないですわ!」
どこからかピイィー、ピュイーという鳴き声が響き、モブ盗賊たちが周囲を見回した。
「なんだぁ?」
見ると真っ青な空高くに、一羽の鳥が羽ばたいている。
乾いた風を切り裂き、悠々と飛び回るその鳥が、突然垂直に下りてきた。
「うわっ?!」
「なんだ?! た、鷹?」
鳥はモブ盗賊の汚れたターバンを黄色いくちばしの先で引っかけると、勢いよく引っ張った。
体勢を崩したモブ盗賊は、ズサァッと熱い砂に顔から倒れ込む。
ローゼマリアは、なにごとが起ったのかと勢いよく天へと飛び立つ鳥を見上げる。
「もしかして……ファイサル……?」
そうだと言わんばかりに、ピュイピュイと鳴き声を響かせた。
(もしかして、近くに……)
突然、頭上から低くてハスキーな声が落ちてきた。
「勝手に走っていってしまったくせに、都合よく私を呼ぶとは、『黄金の気高き薔薇』は相変わらずわがままだな」
ファイサルが速度を緩め、ファサファサと羽音を立ててゆっくりと下りてくる。
半月刀を手に、威風堂々と立っているジャファルの肩に爪を立てて止まった。
「ジャファルさま……」
「そんなあなたも超絶可愛いから困ったものだ」
胸当てや被っていたヴェールをビリビリに破かれ、髪もグシャグシャな状態のローゼマリアを目にして、ジャファルの全身から憤怒の炎が立ち上る。
「私がきたからには、大事なあなたに傷ひとつ負わせない。きさまら……」
チャキッと音を鳴らして、半月刀の先端をモブ盗賊に向ける。
モブ盗賊はジャファルの凍りつくような殺気に、怯えた顔をした。
「な、なにものだ……!」
「私は彼女の夫だ。よくも愛しい妻を穢そうとしてくれたな。万死に値する」
ジャファルが咆哮すると、半月刀を振り上げ見えない早さで凪ぐ。
すると、モブ盗賊たちのシャルワールが切り刻まれ、ハラリと地面に落ちる。
「うわぁっ!」
「ひぇっ!」
汚らしい下穿き姿になったモブ盗賊が、真っ青な顔でお互い顔を見合わせた。
それから、衣一枚を目に見えない早業で切り裂いたジャファルに、恐ろしい化け物を見るような目を向ける。