第55話 無事、国境を超えることができそうです
手続きを早めてもらうため、わいろとして数枚のルーギル札を渡す。
「実は荷の中に、足の速い食材が入っていてね。急ぎ国に戻りたいのだよ」
ジャファルがすらすらとそう述べると、あたりまえのように国境兵がルーギル札をポケットに突っ込んだ。
ローゼマリアとジャファルを交互に見ると、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてくる。
「ほう? 行商人かい?」
ジャファルが表情を変えずに返答する。
「ああ。そうだ」
「そちらは……奥さん? 色っぽくて美人だねえ」
国境兵がいやらしい目で、ローゼマリアをジロジロとみてくる。
オークションで着せられたドレスも酷かったが、ジャファルが用意したドレスはそれ以上であった。
ローゼマリアは、レースやフリル、パールや宝石で飾り立てられたブラジャーのような胸当てと、腰から下を覆ったヒラヒラした扇情的すぎるドレスという格好である。
胸の谷間どころか、あばらからヘソまで丸見えだし、肩も二の腕も剥き出しだ。
高価なイヤリングやネックレス、ブラスレットやアンクレットで飾り立てられているが、それで肌の露出面積を隠せるものではない。
顔を引き攣らせるローゼマリアの肩を引き寄せると、ジャファルがニヤリと笑う。
「ああ。結婚したばかりでね。セクシーだろう? もう彼女の色気にメロメロでね」
「うらやましいことだねえ。奥さんの名前はローゼかい。いい名だ」
ジャファルの手のひらに力がこもる。
(ええと、ジャファルさまの指示は、確か……)
ローゼマリアはわざとらしくウフンと笑うと、国境兵に向かってウィンクをした。
「ありがとぉ。お世辞でも嬉しいわぁ」
(ううっ……なんて頭の悪そうな……でもジャファルさまから、貴族の令嬢と思われないよう演技をしろと言われているし……)
ローゼマリアの艶っぽさに、国境兵がデロデロとした顔をするものだから、ジャファルが売り物とカモフラージュしていた荷物の中から、大判のショールを一枚取りだした。
ふわりとローゼマリアの肩にかける。
「悪いが、妻をあまり見られたくないものでね。少々隠させてもらう」
それでも国境兵が、ショールの隙間からローゼマリアのたわわな胸を覗き込もうとしている。
「減るもんじゃなし、ケチだねえ。本当に行商人かい?」
「減るな。悪いが、この宝は私だけが独占したいものでね」
「いいねえ。おれも大きな胸の彼女が欲しいよ」
国境兵はジャファルをひとしきりひやかすと、3人の旅行証に通行印を押す。
旅行証を受け取ると、そのままなにくわぬ顔でローゼマリアとジャファルは馬車に乗り込んだ。