第54話 国境越え
怖くなったローゼマリアは身を縮め、ぎゅっと瞼を閉じる。
頭まで筋肉でできていそうな男だが、剣の腕は確かである。
というか、ダルトンはそのような設定にされているのだ。
ミストリア王立学園で、剣技にかけては彼の右に出るものはおらず、剣術大会も三年連続優勝した。
いくらジャファルでも、そのような男にかなうわけが――
キンッ! と刃の打ち合う音が響き、男の低い唸り声がした。
おそるおそる瞼を開けると、膝をつくダルトンと、半月刀を腰のホルダーに戻すジャファルの姿があった。
「ジャファル……さま?」
ダルトンが信じられないという顔で、血をたらたらと流す利き腕の手の甲を、反対側の手のひらで押さえている。
「そ、そんな……おれより剣技が上回っているだと? あ、ありえん……そんなばかな……」
人生で初めて、剣の打ち合いで負けたのだろう。ダルトンが呆然自失というていで、地面にへたり込んでしまった。
ジャファルが目をすがめると、軽視するような顔で見下ろす。
「きさまの、実践ではなにひとつ役に立たない剣で、この私を止められると思うなよ」
(うそ……あのダルトンに剣で勝つなんて……ジャファルさまって…ほんとうに一体なにものなの? だってダルトンは一応攻略キャラなのよ? それも剣技や体力に特化した……それなのに易々と勝てるなんて……)
ダルトン以上に呆然とするローゼマリアの手首を取ると、ジャファルが急いでその場から離れようとする。
「行くぞ。ローゼマリア」
「は、はいっ……」
ジャファルがひらりと馬に跨った。手を差し出して、ローゼマリアの華奢な身体を引き上げる。
「行くぞっ!」
ジャファルが馬に号令を出し、手綱を引いた。
乗馬に慣れていないローゼマリアは、振り落とされまいと彼の胸に抱き着く。
颯爽とその場をあとにしたが、もうダルトンのことなど頭から飛んでいった。
§§§
ミストリア王国南部にある、小さな国境。
広い街道の先に、左右を高い壁で守られた門がそびえていた。
ローゼマリアとジャファル、そしてラムジの三人も、国境を越えようとしている行商人や旅行客に交じって長い列に並ぶ。
ダルトンの手から逃れたローゼマリアとジャファルは、ラムジと落ち合うことができた。
馬を売却し、馬車に乗り換え、無事国境に到着したのである。
(この国境を抜けるのが……次の関門ということね)
ローゼマリアは緊張しながら、少しずつ減っていく列を、車窓から眺めていた。
「次!」
ローゼマリアとジャファルが馬車から下り、身分証明書を国境兵に提出した。
御者台のラムジは、そのまま降りることなく、ジャケットの胸ポケットから取り出し、国境兵に渡す。