第49話 久しぶりの食事なのでがっついてしまいました……
壁に掛けられた飾り時計の短針は、6を指している。
(6時……やけに早くに出発しようとされるのね)
ローゼマリアは、くんと鼻を鳴らす。
オーツ麦の香ばしい香りが、ローゼマリアの空っぽな胃を刺激した。
きゅーと可愛い音が下腹鳴ったので、慌てて取り繕う。
「遠慮なく、いただきますわ」
大きな口を開けて、たっぷりのオレンジマーマレードを塗った、温かいオーツケーキを頬張る。
シャクシャクと勢いよく咀嚼し、フレッシュオレンジジュースをゴクゴクと飲み干す。
続いて、銀のフォークでハーブ入りソーセージを突き刺すと、もぐもぐと頬張る。
続いてブラックプディングをフォークに挿すと、すぐに口に放り込む。
マッシュルームとトマトのソテーをオーツケーキの上に乗せて食べると、これまで食べたことんがないと思えるくらい美味しかった。
勢いよく食べてしまったからか、ジャファルがダークブラウンの目を見開いて、ローゼマリアの食べっぷりをじっと眺めている。
「おいしいのか?」
「ええ。とても美味ですわ。最高です」
「普通の朝食だと思うが……」
「そうですか? 今のわたくしには、ごちそうですわ」
残りのハーブ入りソーセージもふたくちで食べてしまう。
臭みがあって苦手なはずのブラックプディングも、勢いよく食べてしまった。
スコーンをつまみ上げると、ブルーベリーのジャムを塗って一口齧る。
「このホテルのスコーンは、バターの風味がいいですわね」
「それは、よかった。好きなだけ食べるがいい」
ふと目線をあげると、ジャファルが嬉しそうな表情でローゼマリアを見ていたので、とたんに恥ずかしくなってしまう。
(いやだわ、大口開けて食べていたところを見られてしまった……)
今更ながら、しずしずと小さく窄めた口でコンポートのリンゴを囓ってみるが、本当に今更である。
わざとらしく食べるローゼマリアを、ジャファルが愛おしいという風にふっと笑った。
(恥ずかしい……飢えていたから、ついローゼマリアらしくない態度を取ってしまったわ)
覚醒してからというもの、前世の自分がときどき顔をのぞかせる。
しかし、18年公爵令嬢として暮らしてきたローゼマリアとしての意識が、なにかと優先されるのは確かだ。
(基本はわたくし……ローゼマリアだわ。過去の自分を思い出して、なんとなく混じってしまった感じかしら?)
コーヒーを飲み終えたところで、ラムジが現われ入浴の用意ができたことを教えてくれた。
「ありがとうございます。では湯を使わせていただきますわ」
ラムジが一礼すると、ローゼマリアのほうを見て笑った。
「はい。着替えも一式用意しておりますので、それをご着用ください」
「一式?」
「はい。ジャファルさまより、移動用の服を依頼されました」
もしかしてもしかすると、下着も用意されているのだろうか?
(着替えは助かるけど、男性に下着を用意されるのは恥ずかしいのだけど……)