第48話 ジャファルの秘書、ラムジ
くせっ毛のストロベリーブロンドに緑の目。浅黒い肌の彼は、確か御者ではなかっただろうか。
声から推測する限りだが、昨夜ジャファルと話していた相手も同じだ。
彼が恭しくローテーブルの上に、料理を並べていく。
湯気とともにいい匂いが漂って、ローゼマリアの喉がゴクリと隆起した。
(いやだ……恥ずかしい。でも最後に食べ物を口にしたのはいつかしら……?)
婚約発表のパーティでは、腰を細く見せるためコルセットを着用していた。
そんな日は小鳥の食事ほどの量しか食べない。ビスケットと紅茶を口にしたのは、一昨日の朝になる。
丸二日、なにも食べていないローゼマリアは、美味しそうな料理に目も心も奪われてしまう。
ハーブ入りソーセージにブラックプディング。マッシュルームとトマトのソテー。
スコーンにオーツケーキ。オレンジマーマレードにブルーベリーのジャム。
ヨーグルトのかかったコンポートフルーツに、フレッシュオレンジジュース。
そして温かいコーヒーに、たっぷりのミルク。
すべての料理が並べられると、ジャファルがストロベリーブロンドの彼に指示をした。
「ラムジ。ローゼマリアが湯を使いたいとのことだ。入浴の支度をしてくれ」
「はい。ジャファルさま」
ラジムと呼ばれた男性は、にっこり笑うと丁寧に頭を下げた。
つられてローゼマリアも、笑みを浮かべて小さく頭を下げる。
(わたくしったら……公爵令嬢たるもの、簡単に頭を下げるなんて。淑女のマナーとしてやってはいけないことだわ。でもなぜか、つい下げちゃったのよ……どうしてかしら?)
思い当たるのは、前世の自分が低姿勢の日本人女性だったこと。
覚醒してからというもの、ときおり自分がどっちなのか混乱することがあった。
ラムジはローゼマリアの挙動を気にすることなく、浴室に向かう。
「彼の名はラムジ。私の秘書をしている。ついでに身の回りの世話もだ」
「そうでございますか」
秘書という言葉には仕事の補佐的な響きがあるが、身の回りとなると従者になる。
その両方を兼任するとなれば、かなりの能力ということだ。
(そのうえ馬も扱えるのよね。そこまで有能すぎるひとを秘書にって……ジャファルさまって一体なにものなの?)
ずっと彼の正体が気にかかっていた。
どこかで詳しく訊きたいと思っていたが、どうにもタイミングを逸している。
「あの……ジャファルさまは……」
(なにものですか? というのは失礼よね。でも、どう訊けばいいかしら?)
ローゼマリアがもだもだしていると、ジャファルが手のひらを見せて座ることを促した。
「浴槽に湯が張るまで、朝食を食べるがいい。冷めるぞ?」
はっと空腹であることを思い出し、テーブルの上に視線を戻す。
いやしいと思われたら恥ずかしいと考えたローゼマリアは、わざとらしく空咳をすると、しずしずと腰を落とした。
「ジャファルさまは、お食べにならないのですか?」
「私はすでに食したものでね。腹が減っただろう? あなたはしっかり食べてくれ」
「ありがとうございます」