第50話 乙女ゲームの知識だけでは乗り越えられそうにありません
だが、とうのラムジが照れくさそうな表情をしないので、ローゼマリアが必要以上に恥ずかしがるのも自意識過剰かと思ってしまう。
「ありがとうございます」
平静を装ったまま浴室へ赴くと、ラベンダーの香りがふわりと漂ってきた。
猫脚の陶器のバスタブに、乾燥させた紫色の花が浮いている。この花からいい香りがしているようだ。
ローゼマリアは脱衣スペースでシルクガウンを脱ぎ落とし、浴室で身を清めた。
海綿を使いシャボンを泡立て、身体中をくまなく洗う。
内股に少し血のあとがついていた。
破瓜のさいに流したものだと思うが、少し身体を捻ると秘所からヌルリとしたなにかが溢れてくる。
慌ててそこを洗うと、ジャファルの放った精が指に絡んできた。
(恥ずかしい……彼の……ずっとわたくしの胎内にあったなんて……)
自分の指で膣襞を探るのは怖いが、頑張って丁寧に清める。
指が媚肉を掠めると、昨夜の彼の指を思い出して、皮膚の温度が上昇してしまう。
「やん……」
鼻から甘い声が漏れ、浴室内のタイルに反響した。
(やだ……わたくしったら、早く洗い終わらないと)
気を取り直し、ジャファルの指を思い出さないよう無心で洗い流す。
ひととおり白濁を流し終えると、ラベンダーの香りがするシャンプーやコンディショナーで、髪もきれいに洗った。
湯に濡らしても、金色の髪はクルクルと縦ロール状になっている。
幼い頃は、どんなときでもみごとなまでに髪が巻かれているので、セットする必要がないからラクだなと思っていた。
(これも悪役令嬢補正かしら? 外見から悪役令嬢キャラを演出するための……)
ありがたいことに、ローゼマリアは少々気が強そうではあるが、美人と誉れ高かった。
『気高き黄金の薔薇』という通称まであったし、自分で言うのもなんだが、どこにいても一番美しく、一番華やかで、一番目立っている。
(それもすべて、わたくしが悪役令嬢だったからね。……こうなったら前世で身につけたスキルや知恵で、逆境を乗り切れたりしないのかしら? でも残念なことに、わたくしは普通の会社員だったし、スキルといっても乙女ゲームの知識だけでは、ちょっと無理そう……)
そのうえ肝心の『救国の聖乙女と10人のフォーチュンナイト』も、記憶にある流れとは全く違ってきている。
浴槽に身を沈め、ふうと一息つく。
(これからのことを考えないといけないわ。ジャファルさまのお手配で国外脱出して、お父さまとお母さまを探す。アリスに関しては……まったくいい考えが浮かばない)
腹が膨れたら、ジャファルのことを教えてもらわないといけなかったことを思いだす。
(なぜ危険を冒してまで、わたくしを助けてくださるの? 十年前から追っていたとはどういう意味かしら?)
パシャリと水音を立てて浴槽から出る。
脱衣所に置かれていたバスタオルを手に取り、身体に巻きつける。
これまではメイドたちがやってくれていたことも、自分ひとりでしなければならない。
(前世のわたくしは、なんでもひとりでやっていたわ。食事の支度も、洗濯も、掃除だって。大丈夫よ。ちゃんとできる)
籐の籠に、きれいに折りたたまれた衣類が置かれてあった。
それを手に取り、身につけようとしたら――
「な、なんなの? この服は……」