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マリーと惑星ウィズエル Fractal.1

 
挿絵


 ツェレーク艦内を並び歩くウチとリンちゃん。
 ヴィシウム合金製の通路は、抗菌的ながらも簡素な殺風景や。上部の角には〈ハイ(エル)(イー)(ディー)〉の昭明が涼しい白で機能的に照らし、それが果てしない光のレールと連なり続いとる。
「ったく、エルダニャのせいでトンだ二度手間負ったわよ」
 うんざりとした心労に、リンちゃんが愚痴った。
 向かっとるのは、マリーの部屋や。
 さっき帰還した〈惑星ジェルダ〉に関する報告と、新たにゲットした〈ネクラナミコン〉を届けに行く途中や。ついでに、これまでの解析進行具合も確認しに行くねん。
 これまでも惑星探索の事後処理としてやってきたルーティーンやねんよ?
「せやけど、何やかんやで〈ネクラナミコン〉集まったねぇ?」
「まぁね」
「あと何個やっけ?」
「確かクルの話だと全部で六つ。で、惑星ジェルダでクルがひとつゲットしたし、ドク郎のも強奪したから……あとひとつ(・・・)か」
 ……リンちゃん、いま〝強奪〟言うた。
「全部集まったら、どないなるんやろ?」
「ん~? 当初、クルが言ってたのは『神の(ごと)(ちから)を得る』って事だったけどね?」
「毎日、抹茶パフェやねんね?」
「……違うッつーの」
 リンちゃん、何で苦虫顔なん?
「全部集まったら、リンちゃんは何を実現するん?」
「え? ア……アタシ? そ……そりゃあ、その……」
 急に振られたんで予想外だったのか、リンちゃんはしどろもどろになった。
 せやからウチ、助け船出したったねん。
「毎日、イチゴパフェ?」
「違うわ!」
 喰い気味に怒られた。
 何で?
「でも──」リンちゃん、急に思索を紡ぎだした。「──ホント(・・・)に、そんな(ちから)を与える代物(シロモノ)かしら?」
「どして?」
「正直、かなり胡散(うさん)(くさ)い。仮に、そんな壮大な物だとしたら、チープ過ぎるわよ」
「クルちゃん、そう言うてたよ?」
「……()だとしたら?」
「嘘? せやけど、クルちゃん言うてたよ?」
「そりゃそうなんだけど……あの時(・・・)は、出会ったばかり。何らかの意図で、虚偽(・・)を飾ったとしたら?」
「そんなんアカン!」
「……よね。やっぱ」
「クルちゃん疑ったらアカン!」
そっち(・・・)?」
「クルちゃん、嘘つくような子やあらへん! 博士のサインも、きっと付いとる!」
「いや、それはないけど……」
「クルちゃん、友達や! それやのに、クルちゃん嘘つき言うたら……リンちゃん……ふぐっ……リンちゃ……グス……ふぇぇぇ~~ん! そんなリンちゃんキライや~~! ウチ、そんなリンちゃん見たない~~! ふぇぇぇ~~~~ん!」
「な……泣くなッつーの! 仮に(・・)……の話よ! 仮に(・・)……の!」
「イ~ヤ~やぁ~! ふぇぇぇ~~~~ん! うわ~~~~ん!」
「わかった! わかったッつーの! もう言わないから!」
「グス……グス……ホンマ?」
「……たぶん」
「うわ~~~~ん!」
「わかった! わかったから!」
「グス……グス……クルちゃん、嘘つきやない?」
「う……ん」
「サイン付いとる?」
「いや、それはない」
「うわ~~~~~~~~ん!」
「わかった! 付いてる! 付いてるから!」
「グス……グス……えへへ ♪  せやったら、ええねん ♪  せやからウチ、リンちゃん大好きやねん★」
「あー……うん……」
「ほんなら、行こ?」
「は? どうした? (きびす)を返して?」
「クルちゃんトコや」
「何で?」
「ごめんなさい言うて()よ?」
「唐突に謝られても怪訝(けげん)な顔されるわ!」



 マリーの部屋に着いた。
「マ~リー、開~け~て★」
「小学生の『あ~そ~ぼ★』言うみたいに呼ぶな」
 何で?
 ええやんな?
「マ~リー!」
 ……返事無い。
「マ~~リー!」
 ……やっぱり返事無い。
「おらへんね?」
「留守? おかしいわね?」
「何で?」
「マリーのサイクルは把握してるもの。この時間は個人的な研究時間に割いているはず」
「毎回、時間通りとは限らんやん?」
「それを指摘されれば、何事もそうなんだけど……少なくとも、アタシ達が出会ってからは狂った試しが無いわよ」
「ほんなら何処行ったんやろ?」
「さて……って、あれ? 電子ロック開いてる?」
「ドアの?」
「うん。変ね? パス掛けないで出るなんて?」
 そう怪訝(けげん)を置きつつも、リンちゃんは無遠慮にスタスタと室内へ入った。
 ウチ、続いた。
「「ぅわ~ぉ」」
 入るなりの第一声は、二人(ふたり)(そろ)っての失望驚嘆。
 メチャ散らかってんねん。
 衣服とか投げっぱなしグチャグチャやねん。
 食べ掛けお菓子が湿気とんねん。
「いくら容姿(ようし)端麗(たんれい)頭脳(ずのう)明晰(めいせき)でも、こりゃ百年の恋も()めるってモンだわ」
「レスリー長官でも?」
「いや、あのド腐れ変態は大丈夫っしょ? 基本、乳さえあればいいから」
 リンちゃん、銀暦(ぎんれき)トップにエライ()(よう)やんね?
 腰に手を当てたリンちゃんは「ふむ?」と室内を見渡した。
 ヒント探してんのやろね?
 ウチ、邪魔にならないように、ソファに散らかった衣服の雪崩(なだれ)(たた)み始める。
 ん? 何やコレ?
 ……ブラや!
 特大丸豆腐の空容器が落ちてる思うたら、これブラや!
 デカッ!
「何か手掛かりになる物は……と」
 リンちゃんはのんびりと物色始めた。
 気楽な態度からは、まったく焦燥が汲めへん。
 まぁ、マリーやからね?
 別に大事件いう事もあらへんやろし。
「あれ? 何だコレ?」
 パソコンのデスクトップで足を止めた。
 丁度、ウチも畳み終えたんで、トコトコと脇へ並ぶ。
 一枚(いちまい)のメモ用紙や。
 そこに書かれた一文(いちぶん)を、ウチとリンちゃんは軽く読んだ。

 ──探さないで下さい。

「「…………………………うんんんッッッ?」」





 予想外の非常事態に、ツェレーク管制室(ブリッジ)には主要人材が(つど)った。
 もちろん、ウチとリンちゃん……そして、クルちゃんも。
「なるほど……状況は把握した」
 詳細説明を受けたクルちゃんが淡白に納得する。
 この非常事態に在っても全然ブレへん辺り、さすがやねんね?
 周囲の大人達は悲観と不安にオロオロしとんのに、一番頼もしいねぇ?
「ああ、マリー艦長……いったい何処に?」
 メインオペレーター〝恒詠(つねよみ)ナレミ〟さんは、瞳を(うる)ませて、わなわなと口元(くちもと)へと両手を添えた。
 せやねん。
 いつも「何(フラクタル)\何(ブレーン)次元(ディメンション)、滞在可能推定時間──」言うてんの、この人やねんよ?
 ショートポニーテールの似合う(さわ)やか系お姉さんで、年齢は十八歳。
 ウチとリンちゃんからしたら、マリーよりも年齢近いから〝気さくに何でも話せるお姉ちゃん〟いう感じや。
「ナレミお姉ちゃん? 落ち着いて?」
「で……でも、モモカちゃん!」
大事(おおごと)やないねんから」
大事(おおごと)だよッ?」
 せやの?
「マリー艦長は、この〈ツェレーク〉の所有者であり、最高責任者であり、運行権限者……そして、あなた達〈コスモウィズ・スクール〉の校長先生であり出資運営者! つまり、この艦の総て(・・)は、マリー艦長そのものに依存している! ううん、マリー艦長自身が、この艦そのもの(・・・・・・・)と言ってもいい! このままじゃ……」
「えへへ~ ♪  学校、おやすみや★」
「違うよッ? その通りだけど違うよッ?」
 どっちなん?
 改めて見渡せば、みんな頭(かか)えて(しず)んだり、激しい口調(くちょう)口論(こうろん)したり……パニックパーリーや。
 そんな不毛な混乱の中──「狼狽(うろた)えんなーーーーッ!」──不意に一喝(いっかつ)が場の支配権を根刮(ねこそ)ぎ奪った!
 リンちゃんや!
 腰へと両手を添えた仁王立ちに、威風満々の叱咤(しった)を向ける!
「大の大人が(そろ)いも(そろ)って、オロオロと……みっともない! アンタら、いままで()やってきた! それでも〈ツェレーク〉運行スタッフか!」
「そ……それは……」「う……む……」
 若冠(じゃっかん)十六歳の少女が、大人達を気迫に()み込んどった。
 この辺、さすが銀暦(ぎんれき)大企業の御嬢様や。
 堂に入った象徴性(カリスマ)とリーダーシップやんね?
「リンちゃんの言う事は……分かるけど……」
 弱音を(こぼ)すナレミさん。
 せやせど、リンちゃんは自信に満ちてポニーテールを()き流した。
「アタシを誰だと思ってるの? アタシは〈星河コンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ! 不可能なんて無いんだから!」
 そして、キビキビと今後の指針を打ち出す。
「いい? まずはいつも通り(・・・・・)! 各自が受け持つ役割を、しっかりと果たす! 最高権限者とはいっても、マリーは統括的な判断を(くだ)すポジション! 各機能を働かせてきたのは、アンタ達(・・・・)! 通常運行なら問題無し!」
「そ……そうか」「うむ、そ……そうだよな?」
「けれど、非常事態が起きたら?」
「ンなモン、早々は起きない! もちろん断言はできないし、そのままにはしておけない……から、臨時代役を立てるわ」
「臨時代役?」
「そ。信頼できる人材を……ね。少なくとも大局的な指揮能力に()いては、信頼性に長けた人物を」
(あい)()かったーーッ!」
 ハッちゃん入って来た!
 この場に呼んどらへんハッちゃんが、勢いよく飛び込んで来た!
「エエエエルダニャ? アンタ、どうして此処へ?」
「フッ……水臭いのぅ? リンよ? どうにも(われ)蚊帳(カヤ)(そと)にコソコソしていると思うたが、まさか(われ)への〝さぷらいざっぷ〟とは……」
 噛んだ……っていうか、軽くダイエット計画入った。
「違うわッ! ってか、誰だーーッ! コイツ(・・・)呼んだの! トンデモ非常事態そのもの(・・・・)だから、一切(いっさい)秘密にして集合を掛けたのにーーーーッ!」
「フッ……やはり気付いておらなんだか?」
「は? 何がよ?」
()が〈専属整備員〉を、御主達の尾行に使役していた事に!」
 塩()いた!
 ウチとリンちゃん、恐々ダンスながらに塩で清めた!
「幽霊を発信器代わりに使うな!」
「〈ゆーれー〉とやらではない! 有能な〈専属整備員〉じゃ! ただ〝姿が見えぬ〟だけの〈専属整備員〉じゃ! あとは〝神仏を恐れる〟〝御経(おきょう)に苦しむ〟〝御札(おふだ)に近付けぬ〟〝御香(おこう)を嫌がる〟……」
 それ(・・)を〈幽霊〉言うねんよ!
「さて、事情は分かった……任せよ、リンよ! このハッちゃん、気高き〈女王〉の名に懸けて指揮能力を惜しみ無く(ふる)おうぞ!」
 自分で〝ハッちゃん〟名乗りだした。
 噛むの回避するために、自分から〝ハッちゃん〟名乗り始めた。
「沈むわ! アンタに(ゆだ)ねたら、ものの数秒で宇宙の藻屑(もくず)だわ! 銀邦(ぎんぽう)最大の最新鋭艦が!」
「うむ! それもまた、さぷらいざっぷ!」
「黙れ!」
 この艦、いまこの瞬間が一番『史上最大のピンチ』かもしれへん……。

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