第38話 見えないジャファルの真意
淑女たるもの、盗み聞きなとマナーの悪い行為だろう。しかし、そんなことにこだわっていられなかった。
父母を見殺しになどされてはたまらない。一刻も早く、迎えに行きたい。
「話を聞いてくれ」
「いや! 聞かない! というか、あなた、はっきりとわたくしの両親を足手まといと言ったわ! あなたにとっては他人でも、わたくしには大事な……大事な……」
この世界が乙女ゲームであろうが、ローゼマリアが悪役令嬢だろうが。
父と母は、ローゼマリアにたくさんの愛を注ぎ、大切に慈しんでくれた。
その両親を、卑怯なアリス一派になどに渡したくない。
(わたくしが助けないと……! でも、でも手腕がないわ……ああ、なんて無力なの……)
どんな小さなことでもいいからと、ローゼマリアは前世でゲームをしていたときのことを思い出す。
突破口はないかと、見落としていることはないかと、一生懸命脳内で考える。
しかし焦りと疲れが邪魔をして、なにもいい考えは浮かばない。
そのうえ、早くこの場から去ろうと思っているのに、足に力が入らなかった。
立ち上がることのできないローゼマリアは、尻でずるずると距離を取ろうとする。
だが、当然のように彼の歩みのほうが早い。目の前に立たれてローゼマリアは泣いてしまう。
「うっ……」
ポロポロと珠のような涙をこぼすローゼマリアを、ジャファルが気遣わしげな顔で覗き込む。
「泣かないでくれ。あなたに泣かれると、私も困る」
「どうだっていいくせに! わたくしのことなど」
冷静になって考えてみれば、ジャファルはローゼマリアを救出するためにさまざまな配慮をしてくれている。
牢獄ではモブ獄卒兵から助けてくれて。
オークション会場では金をばらまいて、衆人の目をくらませ。
高級ホテルのスイートルームに匿ってもくれて――
だから「どうでもいいくせに」と彼にあたるのは間違っている。
そうとわかっているのに、大事な両親を見捨てるというひと言で、すべてが消えてしまった。
「どうだっていいわけではない」
ジャファルが真剣に答えるほど、さきほどの会話からかけ離れているようで、もっとローゼマリアは混乱してしまう。
「わたくしは、両親を探しに行きます! 城下町のはずれにある安宿とやらの場所を教えてください」
「それは教えられん」
カッと頭に血が上ったローゼマリアは、ヨロヨロと立ち上がると、そのまま彼に背を向けた。
「どこへ行く」
「探します、両親を!」