第33話 ふたりっきりのエレベーター内で撫で回されています
ジャファルが意味ありげな笑みを見せると、コンシェルジュが目線だけをちらりとローゼマリアに向けた。
すぐになにくわぬ顔で一礼する。
「承りました」
心臓のバクバクが収まらないままジャファルとともに移動すると、なぜか背中やヒップを撫でまわされていることに気がつく。
(そんなにいやらしく触ったら、わたくしが娼婦と勘違いされてしまうのでは……)
「あの……」
「黙って。あなたの正体がここで露呈したら大変なことになる。商売女のフリをするんだ」
「あ……」
わざとローゼマリアを娼婦扱いしているというのなら、大人しく口をつぐむしかない。
ジャファルに撫でまくられながら、エレベーターに向かって歩く。
ローゼマリアの前世では、エレベーターというのは高層建築の上下移動手段であり、最先端テクノロジーの粋を集めた機器だ。
展望タイプや、超高層まで一気の昇り上げるタイプなど、さまざまな種類があった。
この世界のエレベーターは旧式のスタイルで、油圧式となっている。
丁寧に磨かれた艶のある木製造りで、金箔の飾りが施されたクラシカルなエレベーターは、覚醒したローゼマリアには不安定な乗り物に見えた。
(わたくしの今の心境みたい……これまではあたりまえだったことが、すべて違って見えるもの……)
ジャファルとともにエレベーターに乗り込むと、驚くほどゆっくりと扉が閉まる。
ガタンと大きな音を立ててエレベーターが上昇した。
ローゼマリアにはその浮遊感ですら、心許ない気持ちになってしまう。
(これから、どうすればいいのかしら……)
ふと、傍らに立つ男を見上げてみる。
端整な横顔から、彼の考えは読み取れない。
なぜローゼマリアを助けてくれたのだろうか?
(てっきり恨まれているのかと思っていたけど……どうもそうじゃないみたいだし……? 判断がつかないわ)
彼の大きな手が、いつまでもローゼマリアの尻や腰を撫でまわしている。
エレベーターの中はふたりきりなので、もう触れる必要はないはずだ。
「いつまで触っているのですか! もうお芝居は終わりでいいでしょう」
身を捩って距離を取ると、彼が豪快に笑いだす。
「怒るな、怒るな。あなたが緊張しているようなので、気持ちをほぐそうとしたまでのこと」
いけしゃあしゃあと、そんなことを言うものだから、恩人とわかっているのにつんけんした態度を取ってしまう。
「もうっ……油断も隙もないかたね!」
毛を逆立てて怒り出すローゼマリアを目にしても、ジャファルは飄々とした態度を崩さない。
「落ち着いたようだな。あなたはそれくらい元気なほうがいい」
胸がはち切れそうなほど高鳴っていた心臓は、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。
(もしかして、わたくしの不安な気持ちを逸らしてくれようと……?)