第32話 まるで、この世界からローゼマリアを排除しようとしているかのよう
「あの……?」
「あなたの肌が周囲に見えてしまう。こうやって隠しておこう」
更には、ローゼマリアの肩にかけてあったカフタンガウンの前をしっかりと合わせて、身体のラインを見えないようにする。
ヴェールも顔が隠れるまで垂らしてしまうから、少々怪しい風体になる。
いったいどこに行くのだろうとヴェール越しに上を見上げたら、ミストリア王国でもっとも高級と言われているホテルであった。
(ここに泊まっているの?)
「ローゼマリア。俯くんだ。顔を見られぬように」
耳もとでジャファルが低い声で囁く。
ローゼマリアは彼の指示どおり俯き、そのまま一緒にホテルのエントランスを通り抜ける。
ロビーにはカフェテリアが併設されており、昼間だというのにザワザワと喧噪が激しかった。
「聞きましたか? ミットフォート公爵家の凋落を」
「ええ、もちろん。なんでも公爵令嬢が次期王太子妃になられるアリスさまを殺害しようとしたとか」
「恐ろしい、恐ろしい。アリスさまに逆らうなど、国家に逆らうも同じ。公爵令嬢も愚かなことをしましたなあ」
「なんでも脱獄したらしいですよ。捕まったら絞首刑でしょう」
そんな噂話が聞こえて、ローゼマリアは慌ててヴェールを摘まんで口もとを隠してしまう。
(すべてが……わたくしをこの世界から排除しようと動いているみたい……いえ、みたいじゃないわ。そうなのよ、すべてはアリスの思惑どおり……)
ジャファルに抱えられたままロビーを横切ると、突然ホテルのコンシェルジュに声をかけられる。
「お帰りなさいませ」
コンシェルジュだけでなく、支配人と思しき人物や、そのほかの従業員もいっせいに現れ、ジャファルに向かって深い礼をする。
目立たないようにしたかったのに、ロビーにいる客たちがいっせいにこちらを見たような気がした。
ビクッと身体が震え、自分が話題になっているローゼマリアであると知られたらどうしようと、心臓が割れ鐘のようにドクドクと鳴ってしまう。
(怖い……捕まったら再び、あの牢獄に戻されるの? カビ臭くて冷たくて……最低な獄卒兵のいるあの場所に……)
額からは汗が流れ、足から力が抜け、いまにも大理石の床に倒れ込みそうになってしまう。
ローゼマリアの視界がグラグラと揺れ、平衡感覚が失われそうになってしまった。
そんなローゼマリアをしっかりと支えながら、ジャファルが余裕の笑みを見せる。
「しばらく私の部屋に誰も寄せつけさせないでくれ」