第31話 彼を信じて、いいのでしょうか?
「あり得ませんわ。だってわたくしは、冤罪で監獄に収監されていたのですよ? わたくしを置いて国外なんて!」
「残念だが、あり得ることだ。ミットフォート公爵家が取り潰されている以上」
「……っ」
ローゼマリアの喉が、驚愕でヒュッと鳴る。
ローゼマリアだけでなく、ミットフォート公爵家そのものを潰すことができるなんて、いくらなんでもヒロイン補正が強すぎる。
だが一番怖いのは、両親がローゼマリアを助ける余裕もなく国外脱出をはからねばならないほど、アリス一派に追いつめられてしまっていることだ。
頭と視界がグルグルと回る。
ローゼマリア自身のこと。両親のこと。ミットフォート公爵家のこと。
懸念することがたくさんあるのに、どれもローゼマリアの手には負えそうにはない。
どうしたものかと両手で頭を抱えると、そっと大きな手が背中に置かれた。
彼は体温が高いのだろうか。触れられた部分から、じわりと温もりが広がっていく。
「ジャファル……さま……」
「大丈夫だ。あなたのことは、私が助ける」
彼は昨夜もそう告げた。でも――
ローゼマリアはなにも返さず、そのまま目線を下へと向ける。
揺れる車内を沈黙が支配した。
車輪が石を跳ねたのか、ときおりガタガタッと馬車が激しく揺れる。
そのたび身体を彼が支えてくれるが、ローゼマリアの心境は穏やかなものではなかった。
(信じていいの……? 彼を……)
馬車足が次第にスピードを緩め、しばらくすると完璧に止まった。
「到着した。下りるぞ」
「到着……?」
御者が扉を開けて、恭しい仕草で手を差し出してきた。
「ローゼマリアさま。足もと、お気をつけくださいませ」
御者にしては若く、顔立ちのいい男だ。
猫みたいなくせっ毛の髪は鮮やかなストロベリーブロンド。ジャファルと同じくらい浅黒い色をした肌に、緑の目をしている。
(モブっぽくないひと。……いやだわ。すっかり名なしのモブか、名ありのキャラかを判断するようになってしまった。でも、このかたはきっと名ありね)
御者の手を取ろうとしたら、背後から腕を掴まれて、ぐいっと引っ張られる。
「きゃっ?!」
「彼女は私が下ろす。おまえは下がっていろ」
「え?」
なにを思ったのか、ジャファルが御者に向かってそんなことを口にした。
御者は意味ありげに笑うと、そのまま一歩後ろに退く。
ジャファルが先に馬車から下りると、もたもたとしているローゼマリアの細腰を両手で掴み、ひょいと下ろしてしまう。
ローゼマリアの薄っぺらいドレスの裾やヴェールがめくれあがるので、ジャファルが小脇に抱えるようにぎゅっと抱きしめてきた。