第29話 敵か味方か? 極上イケメンシーク
彼が小窓を空けて、御者台に座る男性に声をかける。
「急いでここから出るぞ」
「はい。ジャファル様」
しかし、なにか大事なことを忘れているようで、意識が散漫になってしまう。
(そうだわ、お父さまとお母さま……! どうなったのかしら。アンノウンの言ったことは本当なの?)
明確な証拠もなく、爵位も領地も取り上げなんてあり得ない。
思うが……それがアリスの企みならば、十中八九そうなってしまうだろう。
なぜなら、ここはアリスのための世界。
どれだけ抗おうとも、ローゼマリアが堕ちるようにできているから――
そう考えると胸が苦しくてたまらなくなる。
腕をクロスし、自分の身体を自分で抱きしめた。
するとジャファルが腰を浮かせ、ローゼマリアの隣に座ってきた。
「大丈夫か?」
ふっと顔を上げて、端整な美貌の男を見返す。
彼が一番謎だ。なぜここまでして、ローゼマリアを助けてくれるのだろうか。
間近で見ても、ため息が出るほどの秀でた美貌。見事なまでの筋肉質な体躯に、他者を圧倒する力強いオーラ。
震えるローゼマリアを確認すると、彼は羽織っていたカフタンガウンを脱ぎ、そっと肩にかけてくれた。
オリエンタルでスパイシーな香り――
力強い彼に包まれているような気がして、少しだけ気持ちが落ち着く。
「あなたは……誰なの?」
「ジャファルと名乗ったはずだが?」
首を傾げて面白そうな顔を向けてくるから、ローゼマリアも同じ角度で首を傾げてしまう。
「名前は知っているわ。シーラーン王国のひとだというのも。でも……なぜ、わたくしを助けてくださるの?」
そう問うと、ジャファルは不思議そうな顔をした。
「あなたは、私を覚えていないのか?」
「え……?」
ローゼマリアはジャファルと、どこかで会っているのか?
昨夜の牢獄以外で――?
『その女性はわたしのものだ。十年前から追っていたのでな』
(そうだわ。確か十年前と言っていた。覚えはまったくないけど……どこかで恨まれるようなことをしたのかしら?)
いや、その可能性は低い。復讐であれば、あのまま変態公爵に引き渡してしまえばよかった話だ。
一億ルーギルをあの場で撒き散らしてまで、ローゼリアを助ける必要はなかった。
(そうよ。牢獄まできて、わたくしを助けてくださったんですもの。敵……というわけではないはず)
しかし味方と断定するには、決め手がないような気がした。