第28話 ジャファルとファイサル
ジャファルの肩に担がれたまま、大劇場のエントランスをあとにする。
彼の手がローゼマリアの太ももに直接触れているせいで、自分が妙な衣装を着せられていることを思い出した。
ジャファルが大きく一歩を踏み出すたび、薄いシフォン生地がひらひらと揺れる。
太ももが露わになっていないか気になるが、それよりももっと気になることがあった。
「ジャファルさま、どこへ行かれるのですか?!」
身体を捻ってジャファルに問うが、彼はなにも答えてくれなかった。
(助けられたと思ったけど、もしかしてもっと恐ろしい窮地に陥ってしまったなんてことに……)
なにしろ前世の記憶を持つローゼマリアにも、ジャファルの正体は不明なのだ。
(わたくしは悪役令嬢ですもの。気づかぬ間に恨みを買っている可能性だってあるわ)
ジャファルが、ローゼマリアを石畳の歩道にストンと下ろす。
慌ててめくれ上がったドレスのすそを直し、面を上げる。
すると、そこに四頭立ての大型馬車が停まっていた。
先ほど乗せられた薄汚れた馬車とは、雲泥の差といえるほど豪華である。
彼が馬車の扉を開けると、ローゼマリアの背に手を当てた。
「乗りなさい。ローゼマリア」
「あ、あの……」
(今度は本当に乗っても大丈夫? また騙されたりしたらどうしよう……)
「早く。追っ手がくると面倒だ」
意思の強そうな双眸と、有無を言わさない確固たる口調に、ローゼマリアは馬車に乗り込まざるをえない。
上質なビロード生地の座席に腰を下ろすと、向かいの席にジャファルが腰掛けた。
そのタイミングで、鷹もスーッと羽音を立てずに入り込んでくる。
羽をなんどか瞬かせて、ジャファルの肩に留まった。
鷹が首を小刻みに動かして、いろんな角度からローゼマリアを見てくるから、なんだか検分されているような気になってしまう。
ローゼマリアも、獰猛な猛禽類である鷹を間近にして、ついじっくりと見入ってしまった。
ジャファルが指先で、黄色いくちばしをつつく。
「こいつはファイサルという。私の兄弟のようなものだ」
「兄弟……ですか?」
「ああ」
鷹が兄弟とは、どういう意味だろう。
じっさいのところ鷹……いやファイサルは、ジャファルに向かってなにやら目線で訴えているし、ジャファルも指先でファイサルをあやすような仕草をする。
その光景に、もしかして本当に兄弟のように強い絆があるのではと考えてしまう。
(こうして見ると、猛禽類のはずの鷹も可愛いものね)
ジャファルが扉を閉めると、馬車はすぐに動き出した。