豪華な食事
クスリは目覚めた。
意識はあることから、誰にも襲われていない。命を奪われなかったことに、そっと胸を撫で下ろしていた。
ばっちりと睡眠を取れたからか、メンタルはいたって健康だった。電流ゾーンをプレイした疲労はほとんど感じなかった。
「すいみんメーター」はマックスまで回復していた。当分の間は元気に動くことができそうだ。
「たつじんのけん」はどういうわけかなくなっていた。クスリはいろいろなところを探すも、見つけるには至らなかった。
失われていた所持品は「たつじんのけん」だけではなかった。昨日の宿屋で入手したはずのアイテムも消えてしまっていた。昨日の宿で入手したものは、偽物だったのかなと思わせた。
食事の前に身なりを整えておきたい。クスリは武器、防具、アイテムを売っているところを探した。
クスリは建物をくまなく探していると、マスターらしき男と出会う。闇に葬ったはずの男と瓜二つだったので、目を剥いてしまった。あの世から蘇ってきた亡霊でなければいいけど。
クスリの心境を知らない男は、ソフトな口調で話しかけてきた。見た目はそっくりだけど、地声ははっきりと違っていた。
「武器、防具、アイテムは無料ですので、好きなだけ持っていってください」
重量オーバーになると、ステータスに異常を及ぼす。クスリはアイテムを厳選することにした。
「しゅりけん」、「ダーツ」といった「とびどうぐ」、HPを回復させるための「ハイドラッグ」などを置いてあった。クスリはこれらのアイテムを優先的に入手することにした。
武器、防具は一つあれば問題ない。効果の高い武器をつけたら、他は引き取ってもらえばいい。
武器、防具では、「はりぼてのけん」、「はりぼてのぼうぐ」を発見。名前からして弱そうなので、二つについては完全に無視することにした。
「はりぼてのけん」、「はりぼてのぼうぐ」以外では、「ロングソード」、「プレートメイル」、「アイスソード」、「アイスアーマー」などを置いてあった。
「ロングソード」、「プレートメイル」、「アイスソード」、「アイスアーマー」はどれくらいなのかを確認する。
「アイスソード」、「アイスアーマー」のステータスは高めだけど、属性を持っているのは長所、短所のどちらにもなりえる。
RPGの被ダメージは小さくない。「アイスアーマー」を装備したときに、火属性の攻撃を受けると、ダメージは膨れ上がる。電流ゾーンから察するに、三倍前後だと推測される。
クスリは悩み抜いて、「ロングソード」、「プレートメイル」のみを所持することにした。
「アイスソード、アイスアーマー」は魅力的だけど、補正のかかる装備品はリスクが高い。
「ひじょうようのにく」を50個ほど入手した。長旅になった場合に備えて、非常食となるものは多めに所持しておきたい。
朝ご飯は提供されるのかと考えていると、マスターらしき男から声をかけられた。
「メイドに食事を用意させますので、部屋でしばらくお待ちください」
今度は毒入りでないことを切に祈る。クスリの胸の中で、期待と不安を交錯させていた。
クスリは室内で瞑想にふけっていた。普段はスマートフォンをいじるものの、PRGの世界では楽しむアイテムは用意されていない。暇をつぶすためには、空想の世界を妄想するくらいかやることはない。
現実世界で恋人だった女性はどうしているのかな。愛人を失って悲しんでいないといいけど。
部屋の扉がノックされた。クスリは「はい」と返事すると、扉を開けられた。
「おはようございます。ゆっくりと眠れましたか」
部屋に入ってきたのは、大学生くらいかなと思われる女性だった。見た目は健全そうな女の子だけど、中身はどうなのだろうか。外見のいい女性ほど、腹黒いというのはよくある話だ。
「豪華な朝食を用意しましたので、好きなだけ食べてくださいね」
ステーキ、フォアグラ、キャビア、ドリアン、メロン、ワインなどが並べられていた。どれもおいしそうだったので、口の端っこからよだれを垂らしてしまった。
クスリの熱し戦はワインに注がれていた。
「ワインの種類はなんですか」
「ラターシュです」
100万円クラスを用意するあたり、気が利いているのではなかろうか。電流ゾーンは地獄だったものの、宿の中は完全なる天国だ。
現実世界では大の酒好きで、一日に10リットルを飲むこともあった。それゆえ、「無類の酒好き」と呼ばれることもあった。
RPGの世界で、アルコールにありつけるとは思わなかった。クスリはグラスに注ぐと、一気に飲み干した。
「あー、うめえ」
一本500円のテーブルワインとは訳が異なっていた。苦みはあるものの、非常に飲みやすかった。
食事には目もくれず、ラターシュをグラス10杯ほど飲み干した。酒に強い体質もあって、全くといっていいほど酔っていなかった。
「お酒が大好きなんですね」
「はい。これを飲まないと、生きている心地はしません」
クスリは本能のままにラターシュを飲みまくっていた。あまりにおいしそうにしているからか、メイドは微笑みを浮かべていた。
「アルコールを飲めない体質なので、ビールや酒などの味はわかりません。ただ、とっても美味しそうなのは伝わってきます」
酒やビールを飲めないなんて、人生の生きがいの多くを失っているようなもの。彼女にも是非飲めるようになってほしいと思う。大人の楽しみの多くは酒を飲めるかどうかにかかっている。
ワインばかりを飲んでいても、腹を満たすことは難しい。クスリは提供されたステーキをフォークに突き刺して、一口で平らげた。
肉の産地は分からないものの、松坂牛といったところだろう。スーパーで購入した100グラム800円前後の牛肉とは、脂の質が違っていた。
「おいしいですか」
「はい、とってもおいしいです」
女子大生は口元に手を当てて、クスッと笑っていた。
「そんなに勢いよく食べるなんて、よっぽどお腹が空いているんですね」
「昨日からまともな食事をとっていないもので・・・・・・」
昨日の朝食以降は、腐敗した肉を口にしただけ。食事らしい食事はとれていなかった。
クスリは前回の教訓を一ミリも生かせなかった。「おなかメーター」は250まで膨れ上がることとなった。
ラターシュを大量に飲んだことで、アルコールに酔ってしまった。先ほどまでは異常のなかった、身体は左右に揺れることとなった。アルコールを体内から抜くまで、かなりの時間を要しそうだ。
横になろうとしていると、メイドから声をかけられた。
「昼食はさらに豪勢なものを取り揃えております。一本で数億円のロマネコンティを準備しますので、こちらも大いにお楽しみください」
ロマネコンティは世界一高値で取引されるワインで、一本で100万円をくだらないとされている。状態によっては数億円の値がつくなど、ワインの王様にふさわしいといわれる。
クスリは名前を訊いたことあるものの、飲んだことはなかった。命がけの冒険で、最高級の酒にありつけるのは、せめてもの御褒美なのかもしれない。
昼食が提供されるまでの間、フカフカのベッドで横になることにした。食事のことに意識を取られてしまったのか、RPGのプレイヤーであるのを忘れることとなった。