(閑話)私のことを見ていてくれた!
「ジルベルタ!」
声と同時に身を屈めると、その上をエミーリオの大剣が切り裂いていく。
私が引き付け、エミーリオが斬る。或いはエミーリオが引き付け、私が突き刺す。
普通なら小隊で討伐するバジリスクを、エミーリオと二人だけでも倒せるほどに私は強くなった。
城で訓練していただけでは到底至れないレベルの戦いをしている。その事実は私を高揚させた。
「あと何回か戦えば、一人でも勝てるのではないか?」
「そうだな。じゃあ、次は交代でやってみるか?」
このダンジョンは不思議なことに、階層ボスと呼ばれる強固な個体がダンジョンを上がってくる。
倒されても一定時間経つと復活するというのは他のダンジョンと同じだが、ボスが外に向かって動き回るというのは聞いたこともない。
恐らく本来いるべき階層で復活し、外へ向かい上ってくるものだから、深層に向かい下っていると何度も遭遇する、
このメンバーでなければ、幾度も戦ううちに消耗し、回復しきれないうちに復活したボスに見つかり嬲り殺されるだろう。最凶ダンジョンと呼ばれるだけのことはある、いやらしさだ。
それでも、倒せれば得られる経験値は大きいし、何度も戦うから癖も見えてくる。
バジリスクにも、ベルナルドの指示がなくとも十分対応できるようになってきていた。
だからこそだろうか。
「エミーリオとジルベルタはもうバジリスクとは戦うな」
「なっ!」
「何故だ?! もう少しで、我々でも労せず勝てるようになるというのに!」
私もエミーリオも、アルベルト殿の言葉に憤慨した。
だが、理由を聞いてみれば、バジリスクとばかり戦いすぎて妙な癖がつき始めていると。
私たちの敵は暗黒破壊神であってバジリスクではない。バジリスクにばかり慣れるなと。
内心、まだバジリスクを一人で討伐してみたいという思いはあったものの。
バジリスクにだけ強いという状態になりたいわけではない、と自分に言い聞かせた。
そして。
「ごっめーん、分体全滅しちゃった☆」
しばらく進み、ピクニックのようだと気が抜けかけた頃、ふざけた口調で1号殿が言った。
だが、その内容は聞き捨てならない。
戦闘になるといつもどこかに姿を消す1号殿の分体が、全滅。
「いやー、参った参った。黒モンスターが波のようにいてさー、地面に潜ってやり過ごそうとしたんだけど、その黒モンスターごとバッシーンって」
てっきり黒モンスターにやられたのかと思いきや、そうではないのだと。
「黒モンスターを千切っては投げ、千切っては投げって。あれはやばいねー」
もう少し真面目に話せないのかと思うが、つまるところ、暗黒破壊神の直属の配下である黒モンスターですら簡単に屠る存在がいると。
「敵は?」
「ミノタウロスってわかるか?」
「「!」」
一瞬、レガメのメンバーが息を呑んだ。空気が張り詰める。
話に聞いただけではどれほどの存在かはわからないが、あのレガメが緊張するほどだ。強いことは間違いない。
だが、私だってバジリスクを相手にできるくらいには強くなったのだ。
『ミノタウロスの姿が見えたら、接敵する前にルシアを下ろす。エミーリオとジルベルタは攻撃がルシアに届かないよう守ってやってくれ』
「私だって戦える!」
「悪いが足手まといだ」
共に戦うと意気込んでいたのに。
聖竜のこの言葉に憤慨した私にアルベルト殿がはっきりと言う。
このメンバーの中で、私が一番弱く役立たずだということは私が一番わかっている。
わかってはいるが……。
「ジルベルタが役に立たないとか、作戦に加わるなと言っているわけじゃないよ」
「当時レベル90を超えてた俺たちでさえ、仲間を死なせてしまった相手だ。言い方が悪いのは認めるが、ミノタウロスと戦わせるわけにはいかない」
「それに、君の一番重要な役目はルシアの警護だろう?」
「焦らなくても、ジルベルタが頑張ってるってのは俺たちも認めてるよ」
ドナート殿が、私の言葉を遮った。
バルトヴィーノ殿やチェーザーレ殿も諭すように言う。
その言葉は、最初の頃と違う響きを持っていた。
私を面倒とも、疎ましくも思っていない。仲間に向けるのと同じ……。
「ジルベルタ」
ふいに、ドナート殿が私に顔を寄せた。
突然のことに頭が真っ白になる。
「俺たちは大切な仲間が死ぬのはもう見たくないんだ。無理はしなくて大丈夫だから、ゆっくり追いかけておいで」
「あ、ああ……」
頷いた私に、ドナート殿が微笑みかけてくれた。
ドナート殿が、私を認めてくれた。仲間だと、受け入れてくれた。
必死に頑張っていたのも、気づいてくれていた。
胸が高鳴り、頬が熱くなる。
ベルナルドの件で怒らせたときに、ドナート殿に近づくことなど不可能だと絶望しただけに感情は今にも舞い上がりそうで。
何故か涙がこぼれそうになったのを気付かれたくなくて、作戦を立てるとエミーリオに声をかけその場を急ぎ足で離れた。
今はこんなことを考えている場合ではないのに。それでも期待してしまう。
いつかは、ドナート殿の隣で。私だけに微笑んでくれて。
いつかは、ドナート殿の子を産んで。そんな日々を……。
「どうした、ジルベルタ。顔が赤いぞ」
「う、うるさい、バカ―ミオ!」
「な、俺は上官だぞ!」
「任務を放って聖竜についていくバカなどバカで十分だ!」
小娘のような妄想は、空気の読めない生真面目男にかき消されてしまった。
ルシア様達には敬語のエミーリオは、私にだけ砕けた口調で喋る。
そのせいでドナート殿に誤解されやしないか心配だ。
「来たぞ! ミノタウロスだ!」
ドナート殿の言葉に、私は作戦どおりルシア様を連れて離れる。
初めて見る牛頭のモンスターは、話に聞いていたよりも大きい。
体躯は3メートルほどだろうか。聖竜といくらも変わらぬ巨躯でだというのに、その腕からは目に見えぬ速さの攻撃が放たれる。
だというのに、レガメのメンバーと聖竜はそれを怪我することなく受け止め、連携し反撃までしている。
アルベルト殿の言うとおりだった。
私では、あそこには入れない。
攻撃されたと気づくことなく死んでいるだろう。
繰り広げられる双方の攻撃を私は視認できず、離れていてもなお届く風圧に遅れて轟音が届く。
これが、本当に人間の戦いなのか。
まるで神話が今目の前で紡がれているのを目撃しているような感覚に、ゾワリと肌が粟立つ。
だが、忘れてはいけない。これはまだまだ前哨戦だということを。
私たちがこれから戦わねばならない暗黒破壊神は、どれほど強いのか想像もつかない。
「遠い、な……」
私では、あの戦いには入っていけない。
ここで、ルシア様の盾として身構えることしかできない。それでさえ、ルシア様の結界によって守られている。仲間だと認めてはもらえたが、圧倒的なお荷物。それが今の私の位置。
「そうだな」
「ただ見ているだけなのは、辛いですわね」
心の声が漏れていたのか、エミーリオとルシア様が同意してきた。
ああ。私だけではないのだ。
歯がゆく思っているのは。強くなりたいと思っているのは。
「……ゆっくり追いかけこいと言ってはもらえたが、やはり、私はあの場所で、隣に立って戦いたい」
「わたくしも、そう思いますわ。けれど、ジルベルタ。わたくしにはそれは叶わなくても、きっと貴女ならできますわ」
もちろんエミーリオも、とルシア様が微笑まれる。
その顔はどこか寂し気で。
「む、それではルシア様をお守りする者がいないではないですか。このジルベルタ、ずっとルシア様のお傍におります故、どうぞ盾としてお使いください」
「ならば私はルシア様の剣ですね」
「あら。それならわたくしは、結界で二人を守りますわ」
一拍置いて、誰ともなく笑い合った。
未だミノタウロスとの戦いは続いているというのに、少し前なら考えられないことだ。
だが、この心地よい一体感。これが本当の仲間なのだ。
焦ることはない。今、自分にできることをしっかりやっていこう。
見てくれている人がいるのだから。