25.社長に抱きついてしましました
どうしたものかと焦っていたら、ポンッと肩を叩かれた。
背後に逢坂が立っていたのである。
「簡単に社内を説明しよう」
社長自ら説明してくれることに驚きつつも、気になることがあるので先に別のことを質問する。
「は、はい。あの……タイムカードを打たなくていいんですか?」
「勤怠はすべてオンラインで管理している。あとで総務からそのあたりのことを聞いてくれ。おれが今から説明するのはおおまかな社内の概要だ」
今時のタイムカードはパソコン管理されているのか。
初っぱなから驚かされてしまう。
「は、はい」
緊張していたせいなのか、それとも座ったことのないようないい椅子だったせいか。
はたまた久しぶりに履いたパンプスだったせいか、立ち上がったとき、かかとが椅子に当たった。
「いっ……!」
よろけた拍子に、逢坂の胸に飛び込んでしまう。
「おっ……と」
筋肉質で逞しい胸にしがみつくような姿勢になってしまい、慌てて離れようとした。
しかし今度は足元がふらついてしまい、背中から倒れそうになってしまう。
逢坂の長い手が伸び、ちひろの背中に手のひらをあて、ぐいっと抱き寄せる。
結局彼の胸に抱き着くことになってしまい、ちひろは羞恥で顔が真っ赤になってしまった。
(あ……この香り……)
オリエンタルでスパイシーで、甘くてセクシーなメンズフレグランスの香り。
記憶にある芳香に、ちひろは上目遣いで逢坂を見た。
しっかりとした顎を取り巻く無精ヒゲが目に入り、ちひろの胸がドクンと高鳴る。
(赤い薔薇のおじさまと、……同じ香り?)
抱き着いたままのちひろを、逢坂はぐいと押し返した。
「危なっかしい奴だな。君はちょっとドジが多すぎる」
「すみません……」
冷たくそう言われ、ちひろは俯いて小さく謝罪を口にする。
(出勤一日目にして、ダメ社員の烙印を押されそう……)
落ち込んだ気持ちのまま、彼についてオフィスの中を歩いて行く。
「この階は企画生産チーム。ハイブランドチームと、カジュアルブランドチームに分かれている」
「さっきミーティングルームに入っていったひとたちが、ハイブランドチームですか?」
「そうだ。平均客単価30万以上の顧客を持つ、クオリティの高い商品ばかりを扱うチーム。うちの稼ぎ頭ではないが広告塔となっている」
「客単価30万……? 下着で……?」
3枚1000円のショーツをはいているちひろには、見当のつかない代物だ。
「次は、うちの主力商品であるカジュアルブランドチーム。平均客単価5万円前後。このラインが最も売れる」
カジュアルでも5万円と聞き、ちひろは目が回りそうになる。
(どんな下着を扱っている会社なの? 駄目、まったく見当がつかない……!)