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真理はふわふわした夢心地で、隣のアレックスを見上げた。
彼は琥珀色の瞳に甘い熱を隠そうともせず、自分を優しく見つめてくれる。
ザ・グレースからずっと指を絡ませたまま、人目を憚らず手を繋ぎ、身体を寄り添わせ、彼の体温を感じると、どうしようもなく胸がドキドキする。
ジョージ国際映画祭はとても素晴らしかった。
ステキなドレスを纏い、お伽話のように王子様にエスコートされ、特別な場所で誰にも干渉されずに2人きりで、好きな監督のプレミアム上映を楽しんだ。
休憩の合間に、許可を得たと思しき人達が、入れ替わり立ち替わり王子に謁見しにくる。
有名な映画監督に俳優、そして王子の気心知れた友人達。
どの人たちも真理には、メデイアを通じて眼にする遠い存在の方達ばかりだ。
今日のアレックスは真理を隠しもせず「俺のパートナー」と紹介してくれて、その度に真理はいたたまれない気持ちになったが、誰もが王子の交際には何も言わない暗黙のルールのようなものがあるのか、真理にも丁重に接してくれた。
やんごとないお立場の方々は、お互いに干渉し合わないのだろうか。
もしかしたら王子の恋愛遍歴に慣れているのかもしれない。
女性にモテるし慣れているアレックスは出会った最初から自分への好意を隠さなかった。
それが彼の手管なのか、遊びなのか分からないが、真理が悩む暇も無いほど、愛情を示してくれる。
真理は2人の関係にどう名前をつけるべきなのか、いまだに迷っているのも事実だ。
それなのにどんどん紹介されてしまうと、自分が王子の隣にいることが、ひどく不安になる。
でもアレックスの強引さに守られていることに心地よさも覚えていて。
夢を見ているのだ、と、何度も自分に言い聞かせる。
今までの自分の世界とは真逆の華やかで夢のような世界。
そこで、今、ひとときの甘い夢を見ているのだと。
「・・・何を考えてるんだ?疲れた?」
押し黙ってしまっていた自分を気遣うようにアレックスが声をかける。
絡めた指がギュッと強く握られるのを感じて、真理は、王子の顔を見上げると「いいえ」と微笑みながら答えた。
「とても素敵な映画祭で、感動したことを思い出してたの」
そういうとアレックスもパッと顔を輝かせて
「そうだろう、真理はミハエル・サビッチ監督が好きだと言ってたから、一緒に見られて良かった」
ハミルトン・フィルム・シアターから王子の私邸まで近いから歩いて帰ろう、と言われた時は驚いたが、二人で手を繋ぎ、身体ををぴったりくっつけて、見つめ合いながらひそひそと会話をすると、恋人同士のようだと嬉しくなってしまう。
夕方からのレイトショーも始まっているせいか、この道には人がいず、二人っきりで親密な空気を纏わせてしまうと、真理の胸は高鳴るばかりだ。
アレックスと鑑賞した映画の感想や、紹介してもらった監督やプロデューサーの話しを色々しながら、のんびりと歩く。
「アレックス殿下のご友人は有名人ばかりね」
そういうと、アレックスが眉間に皺を寄せ、やや不機嫌そうな顔をした。
「友人なんて、たいそうなものはいないさ。みんな、俺が王子だから寄ってくるだけだ」
明らかに嫌そうな顔を見て、真理はああ、と納得した。
アレックスは人に対してとてもにこやかに丁寧に接するが、それは真理からすると慇懃すぎて警戒心が強く見えていた。
きっと彼の周囲には王族の名声を利用したいという打算や狡猾や野心が渦巻くのだろう。
だからアレックスは他者に対しては心の内を見せないのかもしれない。
案外、孤独なのかもしれないな、とちらりと思う。
「ああ、でも・・・えーと・・・ヘンドリック・ハミルトン様はとても気のおけないお友達に感じたわ」
真理は会場に到着してすぐに自分を出迎えた、ハンサムな男性を思い出していた。
アレックスを手放しで喜んで出迎え、紹介された自分に優しく挨拶してくれた。
アレックスとのやり取りを見ていると、気心のしれた仲の良さを感じたのだ。
そう言うと、アレックスは驚いたように目を見開いた。
「すごいな、真理は。そんなことに気づけるなんて。確かに今日会った中で、親友と呼べるのはヘンドリックだけだ」
「学生時代からのお友達なのね」
「ああ。2人で学校抜け出して、やんちゃなことばかりしてた悪友だ」
悪戯っ子のようなちょっと悪い笑顔をアレックスが浮かべると、真理の胸は甘酸っぱいようなときめきを感じる。
どんな表情をしても王子はさまになるのだ。
授業をサボっては教師を困らせていた話しをアレックスがしてくれて、面白くて2人で大笑いしていた時だった。
「おーおー、見せつけてんじゃねーよ」
建物の陰から、二人の男がヘラヘラしながら出てきた。
手にはチャリチャリ音がするジャックナイフのようなものを持っている。
一目見て、タチの悪いチンピラだと分かった。
アレックスが目を眇めると真理を庇うようにして一歩前に出る。
繋いでいた手を離し、真理の身体を自分の後ろに隠すように押しやった。
「どいてくれ、俺たちは急いでる」
王子の威圧するような低い声に、フンっと不敵な下卑た笑いをすると、男たちは続ける。
「怪我したくなきゃ、てめぇの持ってる金目のものと、その女寄越しな」
俺たちが可愛がってやるからよー、と厭らしい目つきで真理を舐るように見る。
どうやら、王子を狙っているのではなく、ただの物盗りだと分かって、こんな時だが真理はホッと安心する。
怒りに顔を赤くして、アレックスが「断る」と一言キッパリと言って、自分の背後をチラリと見たのが真理にはわかった。
恐らくついてきているだろう護衛の姿を確認しようとしたのかもしれない。
その時だった。
「ふざけんな!!カッコつけてんじゃねーよっ!!」
男の1人がナイフを振り上げて、アレックスに襲いかかってきたのだ。
真理は眼の端で、背後から携帯している銃を取り出しながら走ってくる数人の護衛の姿を捉えるがーーー
間に合わない!
咄嗟に身体が動いていた。
「やめてっ!」
叫んで、アレックスの正面に飛び出すと、振り下ろされたナイフを持った腕を右肘でブロックする。
ガツっと 相手の手首が自分の肘にあたり、ジンっと衝撃が走るが、真理はそれを物ともせず、男の股間めがけて、左足を蹴り上げた。
ひらりとスカートの裾が翻る。
「グエッ!!!」
見事に急所に入った蹴りに、たまらず男がナイフを落とし蹲ると、その様子を唖然と見ていた片割れの男が、我にかえって、ジャックナイフを振り回しながら真理を目掛けて突進してくる。
「このアマッ!ふざけんじゃねぇぞ!!」
アレックスのお腹をトンと左手で押して、自分の後ろに追いやると、真理は息を詰めて男との間合いをはかった。
大丈夫、いける、、、。
「・・・つっ!はっ!!」
真理は腰を落として屈むと、自分の頭上からナイフを振り下ろしてきた男の懐に飛び込んだ。
右手で作った拳で腹に一撃を入れると、そのまま男の身体を力一杯押し倒す。
「うっ!くはぁっ!!」
男が口から変な奇声を発して、ドサリと後ろに倒れこんだ。
真理はパッとアレックスを振り返ると、手を伸ばした。
「アレクっ!!こちらへ!!」
アレックスが自分の手を取ったのを確認すると、痛みに蹲っている男たちの脇を素早く通り抜け、真理はアレックスを引っ張りながら、人通りのある目抜き通りを目指して、走り出した。