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「さあ、クリスティアン殿下、お待たせいたしました」
恭しくお辞儀をしながら、マダム・ミューラーはメイクルームから真理の手を引いて現れた。
その姿を見て、アレックスは思わず腰を浮かせた。
「・・・・・・」
惚けたように、目の前に立った真理を見つめる。
アレックスが選んだドレスは、胸元の愛らしいプチフリルやバルーンスリーブが目をひく、アシメトリードレスだ。
最高級の絹をジョーゼット風に織った生地で作られたドレスは、上品なクリームイエローで、真理の肌色によく似合う。
アレックスが密かに気に入っている真理の首からデコルテ、肩のラインを綺麗に出していて眩しいほどだ。
スカートは軽やかなドレープスカート。
彼女のスラリとした脚を見せつけるかのように前は膝丈になっていて、後ろがロングテール、裾がトレーン風になっていてなんともフェミニン。
脚元は黒のエナメルのパンプスに、マダム・ミューラーは真理の脚の美しさを認めたのだろう、敢えての生足という装い。
まるで少女のようなイノセントな雰囲気に、アレックスはあてられて声も出ないでいた。
「あ、あの、アレックス殿下、、、」
真理ははじめて着た、しかもちょっと斬新なデザインのドレスが似合わないかと、心配そうにアレックスを見た。
その声に弾かれたようにビシッと立ち上がると、アレックスは真理の両手を握った。
マダム・ミューラーとよく教育されているアシスタントはそれを合図に静かにその場を辞していく。
「・・・綺麗だ、とても綺麗だ」
熱に浮かされたような声で言う。
アレックスの衒いのない言葉に真理は頬を染めた。
真理の肌のきめ細かさを活かすために、シンプルなメイクにしていたが、唇だけは艶やかなローズピンク。
黒髪はサイドを少し垂らし、フワリとした緩いシニョンに結い上げられている。
アレックスは落ち着かなくなっていた、とにかく頭の中で邪な気持ちがぐるぐるするのだ。
劣情めいた衝動を抑えつつ、優しく真理の頬に指先を触れ、もう一度言う。
「美しい、、、本当に良く似合ってる」
アレックスの言葉に安心できたのか、真理は嬉しそうに微笑むと、顔を赤らめたままアレックスを見つめた。
「ありがとうございます。殿下もとてもお似合いだわ。ステキです」
真理の支度のあいだに、自分も着替えていたのだ。
アレックスは、丈が短めのタキシードブレザーに細身のパンツを着こなしたエッジの効いたスタイルだ。
しなやかで逞しい体躯に良く合っていて、モデルのように見える。
ぴかぴかの革靴に、軍用のゴツい腕時計をいつでもフォーマルに合わせるのがアレックス流で、セレブの間では流行っている。
さすが王族のファションアイコンと言われるだけあって、隙のない品の良さとクールさがあるスタイルだ。
真理の褒め言葉にアレックスは照れて、はにかんでしまった。
良く似合うとは言われるが、彼女に言われると嬉しさが増すのに、今日始めて気づいた。
「あっ、殿下、、、タイが、、、」
曲がってます、と言って、一歩近づくと手を伸ばして真理がタイを整えてくれる。
フワリと芳る彼女のオレンジの香りにアレックスの鼓動は跳ねるばかりだ。
衝動を抑えつつ、ありがとうと言うと、やっとアレックスも微笑む余裕が出てきた。
さぁ、出かけようと言う時に、アレックスは舞い上がっていて肝心なことを忘れていたことを思い出した。
「ヤバイ、忘れるとこだった。」
かたわらから濃紺のベルベットに覆われた薄いケースを差し出す。
「仕上げだ、真理、開けてごらん」
ケースの中身は簡単に想像がつく。
彼女がほんの少しためらい、おずおずと手を伸ばして金具を外すのをアレックスは息を詰めて待つ。
そして、ゆっくりとケースの蓋を途中まで押し上げた、、、その瞬間。
パタンっ!!
「きゃっ!!」
蓋がいきなり閉じられる。
アレックスが蓋をわざと閉めたのだ。
彼は狙ったイタズラが成功してニヤニヤする。
「もう、びっくりした!!」
慌てて指を引っ込めて、頰をぷっくりさせながら怒る真理にごめんごめんと謝りながら
「リチャード・ギアの真似してみたかった」
といえば、映画好きな真理にも分かったようで、呆れたように
「王子様でも真似したいの?」と朗らかに笑う。
アレックスは改めてケースを開けて中身を見せると、「そりゃ、したいだろ。お誂え向きのシチュエーションなら」とニヤリとした。
「うわぁ」
ケースの中身に、真理が目を見張った。
見たこともない、大ぶりのピアスとネックレス、そしてバングルが鎮座している。
ダイヤモンドとプラチナで作られたそれらは、シンプルで上品だ。
「腕だして」
アレックスは真理の顔を見つめながら、出された左腕を、するりと指先で撫でると、カチッとバングルを嵌める。
ダイヤモンドの放つ上品な輝きに、真理がうっとりとしたような吐息を零す。
今度は耳朶に柔らかく触れて、ピアスを優しい手付きでつけてあげる。
今のアレックスは真理の身体にとにかく触れたくて仕方がなかったから、いちいちがセクシュアルな手つきになってしまう。
真理が見たこともないダイヤモンドに気を取られていて良かったぐらいだ。
最後にネックレスを手に取ったところで、真理がつけてもらうのを予想して、アレックスに背を向けようとしたが、それを彼は阻んだ。
「アレックス殿下?」
ネックレスと真理のデコルテを交互に見ながら考え込む王子に、真理が訝しんで呼びかけると
「うーん、これはやめる、その代わり、最後の仕上げはこれだな、、、」
彼はゴージャスな二連のネックレスをぞんざいにケースに放り込むと、真理の胸元のプチフリルに指を引っ掛け僅かに下にずらした。
「殿下!何を!」
胸がポロリと出そうな無体に慌てる真理の腕を掴んで腰を引き寄せると、真理の胸元に顔を埋める。
彼女のオレンジの香りを吸い込み、その胸元にチュッとキスをして、舌で味わうように舐めあげる。
そして、もう一度口付けてキツく吸い上げてから、カリッと歯を立てた。
「・・・つっ!」
彼女がびくりと身体を震わせ、驚いたような小さな声を出す。
アレックスは胸元から顔を上げ、自分が付けた跡を確認した。
真理の健康的な肌色に咲く、薔薇のようなキスマーク。ひどく煽情的に映える。
満足してその跡を指先で辿ると、真理が掴んでそれをやめさせた。
見れば真理の眼は羞恥からか潤んでいて、頬も耳も首元も真っ赤になってる。
「破廉恥だわ、アレックス殿下」
慌てて胸元の乱れを直すが、アレックスが狙って付けたキスマークは僅かに胸元から出てしまう。
恥ずかしいのだろう、肩を震わせながら怒る彼女にアレックスはニッコリ微笑んだ。
「虫除けだ、これで完璧。さあ、行こうか、お姫様」