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アレックスは信じられない思いで、自分の手を引っ張って走る真理の背中を見つめていた。
ほんの一瞬、あっという間の出来事だった。
護衛も来ていたし、自分が真理を守ろうとしたのだが、彼女の動きが素早かった。
自分を庇うように前に飛び出すと、無駄のないしなやかな動きでゴロツキ二人を、さっくり倒したのだ。
「アレクっ!!こちらへ!!」
そう言って自分に向かって真理の手が差し伸べられた時、アレックスは不謹慎にもなんて綺麗なんだろうと真理に見とれてしまった。
「真理っ!真理っ!!」
大通りまで2人で走り抜けると、アレックスは空いてる手で真理の肩を掴んだ。
真理が歩を止めようとしたところを、後ろからきつく抱きしめると、クルンと彼女を自分の正面に向かせてヒョイと抱き上げた。
「君はなんて素晴らしいんだ!!」
抱き上げたまま、喜びと興奮でぐるぐる回る。
「ちょっ!ちょっと!!こんなところでダメよ!」
人通りの多い通りに出たので、なにごとかと歩行者たちがジロジロ見る。
真理の体を降ろすとアレックスはギュッと真理を抱きしめた。
彼女の顔を自分の胸の中に押さえ込み、自分は真理の肩口に顔を埋める。
そして、邪魔するものがない素肌の肩に、チュッチュッと何度もキスを落とした。
「・・・アレックス殿下・・・」
興奮した男を宥めるように、彼女が柔らかい手つきで背中を撫でてくれると、やっとアレックスは顔を上げる。
真理の顔を見下ろして今度は唇に掠めるようなキスを落とす。
「なんて勇敢なんだ、俺を守ってくれて、、、」
ありがとう・・・感謝の言葉は、もう一度重ねた彼女の唇に溶けていった。
落ち着きを取り戻すと、アレックスは自分を守った真理の右腕を確認して眉を顰めた。
真理の素肌を守るように自分のジャケットを脱いで羽織らせると、彼女の腰を抱き寄せて歩き始めた。
私邸はもうすぐそこだった。
気づけば、護衛が数人、自分達を取り囲んでいて、通りすがりの人達もなにごとかとこちらを見ている。
もう2人っきりは無理だった。
「ごめん、撮られてるかも」
そう言うと真理は大丈夫、と困ったような表情をしながらも緩く微笑んで答えてくれた。
*****
アレックスの私邸は若者らしい、今流行りのお洒落な高級アパートメントだ。
これを私的な財産として丸々1棟、所有している。
王族はヘルストンの中心に構える王宮以外に様々な城や宮殿、ハウス、ロッジをを持っているが、アレックスは身軽に動けるこのアパートメントをことのほか気に入っている。
護衛に守られてアパートメントに入ると、出迎えがあった。
「お帰りなさいませ、クリスティアン殿下」
抱きしめた真理の腰が緊張のせいか、キュッと揺れたのが分かった。
「ああ、テッド、出迎えありがとう、真理、彼は俺の首席秘書官のテッド・カーティスだ」
「ミス・ジョーンズ、はじめまして。テッド・カーティスです。お怪我はございませんか」
テッドは能面のような表情を崩さず、真理に挨拶をすると、僅かに眉を顰めてアレックスを見た。
真理はと言えば、挨拶を返すと、まじまじと王室府の職員を見ていた。
彼女は理解してるだろうか、王子の私的な場所に入り、王室府の王子の側近中の側近に会うことが、どんな意味を持つのか。
アレックスは気遣わしげに真理を見つめるが、彼女の表情はそこまで変わらない。
「先ほどのごろつきは既に確保しましたので、この後警察に突き出します。今、医者の手配をしてますので、殿下、ディナーはその後でよろしいですか」
「ああ、それで良い、真理の腕を診てもらいたい」
「殿下、私大丈夫ですから」
医者の単語に真理が慌てたように口を挟むが、テッドがその言葉を遮った。
「ミス・ジョーンズ、念のためです。それに感謝申し上げます。鮮やかなお手並みでクリスティアン殿下をお守りいただいたと、護衛から報告を受けました」
テッドの感謝の言葉に真理が顔を赤くするのを、アレックスは募る愛しさを溢れさせながら見つめていた。