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五十一話 乙霧、風魔に語る

 お礼は不快な思いで乙霧を見る。またあの笑みだ。心底人を馬鹿にしているあの笑み。


「八犬士の目的は小太郎様よりお聞きのはず。周囲に認知されない手段では、一族を救う手柄にはなりませぬ。彼らは落ちぶれてはいても武士。手柄をたてるのにこだわりを持つは必定。その手柄をもって一族の将来という褒美を得ようとしているのです。
 私どもと彼らとでは根本が違う。……忍びは形ではなく、目的を達することにこだわりを持たねばなりませんが、中にはなにを勘違いしたのか、小さな権力欲しさに手柄をたてるのに躍起になられている忍びもおるようですが……。ああ、申し訳ございません、風魔衆は忍びではなく乱波でございましたね」


 自分に対して言っているのだと分かったのだろう。剛心は顔を真っ赤にし、その手は腰に差していた鎌にかけられる。


「拙者がそうだと申すのか! 他所からの援軍だからといって、無礼な物言いは許さぬぞ!」

「さて、特に尾延様がそうだとは申しませぬが、少なくとも尾延様が使命を果たす以外に余計なことを考えられたのは間違いないのでは?」

「ふざけたことを!」


 剛心が一歩前に踏み出したが、乙霧は構わず言葉を紡ぐ。


「考えていないと言うのならば、なぜお仲間が虚偽の報告をするのを黙って見守られたのですか? 自分まで一人にいいようにしてやられたと小太郎様がお知りになれば、御自分の立場が悪くなるとでも? それとも、他の風魔衆の方に知れれば面目が潰れるとでも? ふふ、なんとも浅ましいことでございますな」


 剛心に連れられていた二人の風魔衆は、何のことかと顔を見合わせている。


「ば、馬鹿なことを言うな。なにを根拠にそのようなことを……」


 剛心の声に先ほどの勢いはなくなっていた。


「嘘をつくならば、敵の首を取るよりも死体を片付けるべきでございましたね。一夜にその習慣はございませんが、他の忍び衆では、素性を知られぬようにお仲間の死体を隠すのは基本中の基本。乱波とはいえ、似たような仕事をされているのですから、風魔でも見習われたらいかがですか。……それに断わっておきますが、小太郎様へはすでに静馬様から詳細が伝えられておりますよ。……もっとも、大事の前の小事と、お咎めはなされぬようでございますけれど」


 剛心の顔から血の気が引いていく。対して乙霧の顔は、人を馬鹿にしたような笑みが消え、周囲の温度を下げるような冷酷な顔つきに変わる。


「報告は正確にしてもらわねば、集団を率いる者が困ります。そこから得られる情報が千金に値することとてあるのです。死体は言葉を語らずとも雄弁。他の八犬士の死体にも、多くの情報がございました。殺してそれで終わりなどとはくれぐれも思われぬように……」


 青い顔で鎌に手をかけていた剛心は、小刻みに震える手を、鎌から放して踵を返し、乙霧から逃げるようにその場から足早で立ち去ろうとする。


「お待ちください」


 乙霧の呼び声に、剛心は足こそとめたが振り返らない。


「すでに日は落ち、空には良い月が出ております。……そろそろ、城内で騒ぎが起きることになりましょう。騒ぎを起こすのは、おそらく、いまだ姿を見せぬ最後の八犬士。騒ぎが起きれば北条様のご配下は、騒ぎの元の確認と騒ぎの収束のために動かれることでしょう。……ですが、皆さまは騒ぎの元に駆けつけてはなりませぬ」

「どういうことでござろうか?」


 剛心に従う風魔衆の一人が尋ねる。


「皆さまは、上階へと続く階段から、目を離してはなりませぬ。最後の一人はきっと囮役。その者の目的は、風魔の里で小太郎様の屋敷を走り回ったという女を屋根へと行かせること。女が屋根の上を走り回り、最後に小太郎様の屋敷に火を放った美しい男が、ここでも火を放ちに参りましょう。屋根に火をかける手段はまだ明確に掴んではおりませぬが、皆様にもわかるような目立つ手法を用いてくることは間違いございませぬ。事後対策はなんとか間に合いましたが、狙い通りにさせぬのが第一。女を城で走らせさえしなければ、男は火を放つことはできぬと見ました。本丸が燃えれば、衆目の目を引きます。敵に堂々と城を燃やされては、将兵の心に立ち直れぬ打撃を与えることとなりましょう。それだけは防がねばなりませぬ」


乙霧の言葉に二人の風魔衆は驚き、剛心の肩もぴくりと動いたが、それでも剛心は振り返らず、上階に続く階段へと歩みを進めた。

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