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Story3

 すでに8時を回っていたものの、結構な数の人がまだ食堂にいた。
 食堂、とはいうものの基本的には夜の10時から翌朝の6時までの8時間を除き、出入り自由だ。
 朝昼晩のそれぞれの時間帯には、食事を取る人が食堂を利用するため、人が増える。それ以外の時間帯は、勉強を友達としたり、駄弁ったり、ゲームをしている連中もいる。
 寮内は、公序良俗を乱さない限り、持ち込みは自由になる。そのため、ゲームを持ち込む学生は多い。自己責任とはなるが、高価な物を持ち込んでいる学生も多い。

「あれ、瑛士じゃん。食堂なんて珍しいな」
「ああ、まぁな。明日測定だろ?」
「あー、なるほどな。つっても、今さら気にした所でって感じではあるけどなー」

 超能力というものは、大きく分けて二つのタイプに分類できる。先天的なものか、後天的なものかだ。後天的な能力に関しては、基本的にレベルが高くなることはない。それに対して、先天的に能力を持っていた人は、高位の能力者になりやすい。

「んでも、まだわかんねーだろ?」
「大体が中学までに発現だろ? 俺たちももう中1だしさー」

 先天的に能力を持つ者は、生まれたその瞬間から超能力が使える者が多い。それに対して、後天的に能力を得る者は、中学生までにそれが分かるとされる。
 友だちと駄弁りながら夕食を食べ終え、部屋に戻った。
 部屋に戻ると白髪の少女は、瑛士が言ったとおりに律儀に正座して待っていた。なお、ゴミもちゃんと分別されている。

「あ……。お帰りなさい」

 部屋に入ると、少女はペコリと頭を下げた。少女の顔を見ると、少し安堵しているようにも見えた。

「さて、色々聞きたいことがあるが……。まず、お前は何者だ?」
「何者、というのが名前のことを言っているのであれば、私は、アリア・ミストゲールと申します」

 アリアと名乗った少女は、行儀良く頭を下げた。どことなく、いいとこのお嬢様感がある。

「それで、何でお前はあんな所で倒れていたんだ?」
「……」

 沈黙。それは、答えたくない、答えられない時の合図とも言える。何か秘密があるのだろうから、それ以上は聞かなかった。

「何でお前はあそこで倒れてて見つからなかったんだ?」
「……」

 これもまた沈黙。沈黙ばかりでは埒があかないし、困っていたとしても助けることも出来ない。正直な話、キチンと答えてほしいところである。

「……私の」
「ん?」
「私の能力です」

 能力。ということは、この目の前にいる少女は、超能力者ということだ。
 周囲に超能力者がいないわけではないが、少し気になった。

「どんな能力なんだ?」
認識阻害(アンチ・チェック)という能力です」

 認識阻害(アンチ・チェック)……。聞いたことがあるな。確か、空間系能力の一種だったかな。

認識阻害(アンチ・チェック)というのは、文字通り対象からの認識を阻害させる能力です。盲点、というのがありますよね」
「ああ、あるな」

 盲点。脊椎動物には目の構造上、見ることの出来ない箇所が存在する。例えば、二つの黒点を用意し、片目を瞑った状態で片方の黒点を見続けると、もう片方の黒点が見えなくなる位置がある。これを盲点という。
 これは、本来なら目から入ってくる視角情報が、片方の目の盲点へと入り込み、脳がその情報を読みとれないからだ。

認識阻害(アンチ・チェック)という能力は、その盲点を強制的に作り出し、相手にいないと認識させることが出来るんです」

 つまるところ、本来そこにいるはずなのに、その能力を使うことによって人の盲点へと入り込み、その場にいないと認識させる、ということである。

「確かに、盲点へと入り込んでしまえば、いないと思わせることが出来るな。だけど、俺にはお前が見えていたぞ?」
「能力というのは、精神力を使いますから、もしかしたら疲れきっていたのかもしれません」

 疲れたり年をとると運動能力が低下するのと同じで、能力も疲れたり年をとると持続時間が低下したりする。

「だが、そこまでして人から逃げ隠れたいのはなんでなんだ? 悪いやつに追われてるなら警察から公安に駆け込めばいいのに」
「……信用、出来ないので」

 その瞬間、突如として部屋の灯りが落ち、部屋が真っ暗闇となった。周りのビルや寮の電気はついているので、この建物だけだというのがわかる。

「電気が……」
「……」
「ちょっと様子を見てくる」
「待ってください!」

 ドアノブに手をかけた瞬間、呼び止められた。一体どうしたのだろうか。
 しかし俺は、この呼び止められて静かになったこの瞬間、奇妙なことに気がついた。

「静かすぎる……」

 アリアが叫んでいたのが外に聞こえ、人が集まったことからも分かるとおり、この寮の壁は思ったより厚くはない。そもそも、毎晩AVの音も聞こえてくるほどだ。
 さらに、まだ9時にもなっていない。この時間なら、普段から廊下から話し声が聞こえるくらいなのに、その話し声も一切聞こえなかった。

「おい、これって……」

 振り向いたその瞬間、背後から気配を感じたため、ドアの前から一気に飛び退いた。
 その刹那、扉が4分割されてその場に崩れ落ちた。
 マジかよ。

「やれやれ、ようやく見つけましたよ」

 崩れ落ちたドアを乗り越え誰かが入ってきた。仮面を付けていたため顔までは分からなかったが、声の感じから男のように感じた。

「さぁ、教えてもらえますか。デルタコードの場所を」

 デルタコード? デルタコードって何なんだ? いや、それよりも……。

「あんた、何者だ? 俺の部屋のドアを壊してくれちゃってさ」
「ふん。無能力者風情が、我々の邪魔をする気ですか?」

 アリアを庇うために、アリアの前に立った。そんな俺を見て、仮面の男は帯刀している刀の柄に手を当て、刀を抜こうとしていた。

「おい、逃げろ」
「え?」
認識阻害(アンチ・チェック)。それがあれば逃げられるだろ。早く逃げろ!」

 小声でアリアに言った。認識阻害(アンチ・チェック)は、相手に認識されなくなるだけで、決して無敵というわけではないが、こういう時には役に立つだろう。

「で、でも」
「俺のことなら心配すんな。二時間後。自然緑地公園で落ち合おう」
「……(コクリ)」

 俺の言葉を聞いて、アリアは認識阻害(アンチ・チェック)を発動させた。確かにアリアの姿は見えなくなった。

「ほう、認識阻害(アンチ・チェック)ですか。ですが、私には通用しません! 旋風一の型・|真空刃《かまいたち》!」

 男が刀を抜くと同時に、部屋全体を狙ったかまいたちを発生させて攻撃してきた。一直線に真っ直ぐ飛ぶだけだったので避けやすかったが、範囲がえげつない。

「行け! 走れ!」

 俺には顔が見えないし、姿も見えない。だから、この声が届いているのかも、生きて逃げられたのかも分からない。分からないことだらけたが、祈るしかないだろう。無事だということを。

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