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結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑬~




現在 電車の中


2年生の話が終わった今、再び時は現在に戻る。 昔のことを懐かしみながら、結人は小さく微笑んでゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「俺は・・・今でも、夏休みの時真宮に向かって泣き叫んだことは憶えているよ。 どうして・・・あんなに泣いちまったんだろうな」
「「・・・」」
夜月と伊達は電車に揺られながら、何も口を挟まずその発言に耳を傾ける。
「確かにあの時の俺は、ずっと苦しい思いをしていたんだと思う。 ・・・だけど、自分のどこかでその気持ちを無理に抑え込んでいたんだな。 
 それで真宮が隣にいてくれたことに安心したのか、緊張が解けて泣いちまったのかも」
そしてここで一度間を置き、少し苦しそうな表情を浮かべながら最後の言葉を口にする。
「でも・・・不思議だよな。 真宮が隣にいてくれた時、俺は確かに辛くも苦しくもなかった。 ・・・それなのに、自然と涙が出てきたんだ。 
 きっと心はまだ耐えることができても、身体には限界がきていたのかな」
“やはり身体は一番正直だ”ということを身に染みて感じながら、結人は小さく笑ってみせた。 それが心苦しく思えたのか、夜月はすかさず口を挟む。
「ユイに、苦しい思いをさせちまってごめん」
伊達を挟んで謝られると、過去と変わらない笑顔を見せながらこう返した。
「全然気にしていないからいいよ。 てより、謝るのはこっちの方だ」
「え?」
最後の一言を聞いて、唖然とした表情を見せてくる。 そんな彼に向かって、過去の話を再び持ち出した。
「俺は、夜月が琉樹さんにいじめられていたことに今まで全然気付いてやれなかった。 
 確かに今思えば夏でも常に長袖だったし、放課後や休みの日、夏休みだって俺たちと一緒にあまりいなかった。
 夜月の異変に早く気付くべきだったのに、俺は・・・」
その言葉を聞いた瞬間――――夜月は、あることを断定する。

「でもユイは、俺が琉樹さんにいじめられていたということは、絶対に気付けなかったと思う」

「え・・・。 それは、どうして?」
冷静に尋ねると、彼は淡々とした口調で理由を述べてきた。
「普通に考えてみろ。 放課後や休みの日、夏休みに俺はユイたちの前にあまり姿を現さなかった。 当時のユイなら、ただ俺に避けられているとしか思わなかっただろ」
「あぁ・・・」
ただ避けられているとしか思わない、つまり夜月が琉樹にいじめられているなんて考えもしない。 その理由に嫌でも納得してしまった結人は、何も返事ができなくなる。
そんな彼らの気まずさを悟った伊達は、この空気を少しでも変えようと慌てて違う話題を口にした。
「えっと・・・。 鉄パイプで殴られて殺されそうになったっていうのが・・・二つ目?」
「あぁ、そうだよ」
それには、小さく頷きながら返事をする。 そのやり取りを聞いていた夜月は、あることが頭を過り即座に二人の会話に口を挟んだ。
「え。 俺はユイを殺しかけたことがあるって、伊達に話していたのか?」
「二回あったっていうことだけだよ」
「・・・」
返しを聞いて、複雑そうな面持ちで身を乗り出した態勢を元に戻す夜月。 そこで伊達は、そんな彼にあることを尋ねかける。
「でもさ。 夜月が、クリーブルに入った時・・・平気で鉄パイプを、ユイに向けていたじゃんか。 トラウマとかなかったのか? また、ユイを殺しかけるんじゃないかって」
「確かにトラウマはあったよ。 でもあの時は既に、鉄パイプにはもう慣れちまっていたからな」
「慣れ・・・?」
その発言に困惑している彼に、結人が後から言葉を付け加えた。

「伊達は知らないと思うけど、クリーブル事件を解決する前から夜月には鉄パイプを握らせていたんだ」

「はッ!? それはユイが自ら夜月に握らせたのか?」
今の一言を聞いて素直に驚く伊達。 その反応を見て、少し苦笑した。
「握らせたっていうか、鉄パイプを持つように命令したのはこの俺だ。 夜月にとっては、嫌がらせにしか思えなかっただろうけど」
“自分がまたやられるとは思わなかったのか”といった顔をしながら呆気に取られている彼に、更に説明を付け足していく。
「夜月は確かに、トラウマはあったよ。 だから今まで、鉄パイプを使用しての抗争は自ら避けていたんだ。 で、それを見て思ったよ。 
 まだ夜月は、過去のことを引きずっているんだなって」
「・・・」
伊達は当然、夜月もその言葉に耳を傾けた。 今まで知りもしなかった結人の思いを、夜月はこの時初めて知ることになる。
「だから俺は、夜月に鉄パイプを使って喧嘩をするようわざとそう命令をしたんだ。 夜月に、過去を克服してほしくてな」
「でもユイは、また夜月にやられるかもしれなかったのに・・・」
やっと自分の思いを口にすることができた伊達。 だがあっさりと、その発言を否定した。

「そんなことは、あまり考えていなかったな。 俺は本当に、過去については恨んだりしていない。 
 だから“もう怖がらなくていいんだよ”っていう意味も込めて、鉄パイプを握るよう命令したんだ。 それに今の俺が、素人である夜月の鉄パイプの攻撃を避け切れないと思うか?」

最後の言葉を聞いて少し安心したのか、伊達はこれ以上問い詰めたりはしてこない。 そんな彼と入れ替わるように、今度は夜月が口を開いた。
「でも俺は、必要以上に鉄パイプを使わないようにする。 確かにユイのおかげで過去に打ち勝つことができたし、鉄パイプに対する恐怖心もなくなった。 
 だけどそのせいで俺は、大切な仲間であるユイに向かって、簡単に鉄パイプを突き出すことができるようになってしまったんだ。 今思うと、それはすげぇ恐ろしいことでしかない」
リーダーに鉄パイプを向けてしまったことを今となって後悔しているのか、苦しい表情を見せながらこの場を耐えている。 
そんな彼に向かって、結人は優しい表情で言葉を綴り出した。
「それは、偽善者である俺を本気で止めたかったからっていう理由にしておいてやるよ」
「いや、でも」
気遣いの言葉をかけられても納得がいかないのか、反論しようとする夜月の発言を遮りここはわざと話題を違うものへ変える。
「てより、俺は夜月によって病院に運ばれたっていうこと・・・みんなは知っていたんだな。 今までみんな、知らないと思っていた。 
 だけど夜月にとっては、これでよかったのかな」
「・・・どうしてそんなことを言うんだ」
みんな知っていたみたいでよかった。 その発言に少し嫌気が差した夜月は、少し結人を睨むようにして問う。 それを見て、慌てて言葉を付け加えた。

「いやだって、自らこのことは打ち明けにくいだろ? 俺は別に構わないけど、黙ったままだったら罪悪感とかをずっと抱き続けることになる。
 夜月の場合、罪悪感を一人で抱え込むのには無理があるからな。 だったら、自然と知られてよかったんじゃないか」

「・・・」
その発言に何も言うことができなくなっている彼に、更に言葉を紡ぎ出す。
「それに、俺は悔しいよ」
「どうして?」
静かに尋ねられると、また別の話を口にした。
「最後夜月が、理玖にそのことを打ち明けようとした話があっただろ。 それを聞いて・・・少し、二人に嫉妬をしたよ」
「は?」
そして結人は、少し俯きながら小さな声で言葉を綴る。

「・・・やっぱり、夜月は理玖のもんなんだなって」

「・・・」

その言葉が聞き取れたのか、夜月は少し挙動不審な態度を見せながら言葉を詰まらせた。 何も返事をできずにいるそんな彼を見て、結人は明るめの口調で続きを発する。
「それじゃあ、気分を変えて3年生になった時の話をしようか!」
「そうだな。 3年生は・・・」
続けて夜月がそこまで口にすると、彼はまたもや黙り込んでしまった。 その行動にあることを察した結人は、自分が代わりに口を開き話を進めようとする。
「3年生では、俺が無事退院をしていつも通りの学校生活を送っていたんだ。 ・・・3年生の、夏休みに入る前からの話をしようか」


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